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 僕の中の、友人達の姿を残したいって気持ちがどの程度で満足するのかはわからないけれど、まずは黄金竜から始めようか。

 そう考えて、僕は黄古帝国の仙人達に向けた手紙を書く。

 パンタレイアス島から黄古帝国に向かう船は沢山あるし、仙人達なら黄金竜の塒に彫像を運び込む事も容易い筈だ。

 つまり比較的だが容易に彫像を送れる。


 もちろん比較対象が雲の上とか、ヒイロの巣だから容易に思えるってだけで、本当なら海の向こうに彫像を運ぶのは一苦労どころの話じゃない。

 しかし以前の話し合いでエルフのキャラバンと黄古帝国の繋がりはより深くなったから、恐らくこの話は通るだろう。


 黄古帝国の仙人達にとって、最大の関心は常に黄金竜の状態にある。

 眠れる黄金竜の慰みとなるであろう今回の件を、彼らが拒否する事はない。 

 黄金竜なら、眠っていても塒に運び込まれた物が何であるかを察し、喜んでくれると思う。

 一番喜ばれるのは、僕が彫像を直接運び込んで、黄金竜に思い出話をする事ではあるのだけれど、それにはきっと十年や二十年の時間が必要になる。

 今は流石に、そこまでの時間はかけられなかった。


 あと百年……、二百年に足りない時間をアイレナと過ごし、彼女を喪った後ならば、あぁ、黄金竜と話しに行くのも悪くない。

 その時は、やっぱり随分と落ち込んでいるだろうから、以前のように歩いて旅して、黄金竜に会いに行こう。

 僕が黄金竜の下に辿り着いた時、彫像達が一緒に出迎えてくれたなら、……それはとても慰めになる。


 まぁ、今からそんな事を考えても仕方ないけれど、取り敢えず方針は決まった。

 石を彫ろう。

 最初はやはりロドナーだ。

 僕が出会った最初の人間。

 町という人の営みの場を守る門番、衛兵。


 旅をする中で、僕はとても沢山の人間の嫌な部分を見てる。

 他の種族を隷属させたり、同じ人間同士で争ったり。

 だがそれも人間の一面に過ぎず、良い部分も多くあるのだと、何等かの理由や経緯だってあるのだと、嫌な部分にばかり目を向けずに済んだのは、最初に会った人間がロドナーだったからだ。

 仮に最初に出会ったのがロドナーじゃなくて、とても邪な誰かだったなら、僕はその後、もっと疑念の目で人間を見るようになってたかもしれない。

 もしもそんな風に人間を見るようになってたら、その後に出会った、カエハやノンナやカウシュマンとの関係も、恐らく全く違う物になってただろう。 

 いや或いは、出会ってすらいないのか。


 だからという訳ではないけれど、一振り一振りに念を、感謝を込めて、石にロドナーの姿を彫り出していく。

 自分の手で、単なるゴツゴツとした石が姿を変えていく事が楽しい。

 自分の頭の中にしかなかった姿が、少しずつ世界に現れて行くのも楽しい。


 鍛冶も楽しいけれど、彫刻もまた楽しかった。

 僕は本当に幸運だ。

 好きなものを沢山見付けて、その全てを長く楽しめているのだから、こんなに贅沢な事はない。

 恐らくは、どれも教えてくれる人が良かったから。



 それはさておき、実はこれまでにも、僕の大切な人々の彫像は、何度か試作をしてる。

 ロドナーだけじゃなくて、クレイアスにマルテナ、それからアイレナも。

 アズヴァルド、クソドワーフ師匠に関しては墓に飾ってある奴もそうだし、カエハやその母、クロハもだ。

 それからカレーナ、グランドにドリーゼ。ノンナやカウシュマン。

 ウィンにシズキにミズハに……、数えれば両手の両足の指を使っても全然足りない数の人々の彫像を、僕は既に一度は彫った事がある。

 ただ今回は、その全員分を、僕が満足行くものになるまで彫ると決めた。


 手はスムーズに留まる事なく動く。 

 石がどんな風に削られたがってるかも、手に取るようにわかった。

 まるで僕が、地の精霊そのものになったかのように。


 或いは実際にそうなのかもしれない。

 時折、ずっと変わらぬ肉の身体を、枷に感じる事がある。

 海から大きな風が吹く時、心はそれと一緒に大空へ舞い上がろうとするのに、肉の身体に地に繋ぎ止められた……、といった具合に感じたりと。 

 以前にはなかった感覚だから、きっとこれがハイエルフが齢を重ねるって事なのだろう。

 肉体の中で、魂が少しずつ精霊に近付いて行く。

 幼虫が、いずれ脱皮して成虫へと変わるように、僕もやがて肉の身体を脱ぎ捨てて精霊になるのか。


 もちろん僕が精霊になるのは、今すぐじゃなくて数百年は先の話だけれど、最近は以前にも増して時間の流れを速く感じる。

 肉の身体があるうちにしておきたい事は、早めに片付けた方が良いかもしれない。

 アイレナが居てくれる間はともかく、喪ってからの時間は、それこそ瞬く間だろうから。


 一ヵ月か二ヵ月くらい掛けてロドナーの彫像を完成させ、僕が得たのは達成感と、どうしてだかわからないけれども、喪失感だった。

 人の良さそうな彼が浮かべる穏やかで優しい笑みを、彫像はちゃんと表現してて、声が聞こえて来るような気さえする。

 間違いなく、いい出来だ。

 僕は一晩、彫像のロドナーと向かい合って……、いや、実際に対話ができる訳じゃないけれど、対話をする様に思い出を噛み締めてから、布などの緩衝材を巻いて梱包し、船で送る準備を整えた。

 まだまだ先は長いけれども、大切な人々の姿を彫りたいという意欲は、より高まってる。


 折角だし、僕が出会った事のある仙人の彫像も、彫って黄古帝国に送ろうか。

 王亀玄女に白猫老君、竜翠帝君に長蛇公。

 黄古帝国の仙人の中で、凰母にだけはあった事がないから無理だけれども。

 まぁそれに関しては、顔を見せなかったあっちが悪い。


 ジゾウの彫像と一緒に自分の物も送られて来たら、王亀玄女はどんな顔をするのだろう。

 想像すると、実に楽しい。

 でも取り敢えず、少し休もうか。

 朝ご飯はちゃんと食べないと、アイレナに叱られてしまうから。

 叱ってくれる人がいるのは幸せな事だけれど、その為に彼女を煩わせるのはあまり良くない。


 次の彫像にはご飯を食べて、少し眠ってから取り掛かろうと思う。

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