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 さて、ドワーフの国から戻った僕が取り掛かったのは、古い知人達の姿を彫像として残す作業だ。

 これまでも少しずつは進めて来てたのだけれど、アズヴァルドの墓の前で酒盛りをして、懐かしさが募ったらしい。


 ただこれには問題が幾つかあった。

 それは別に僕の彫刻の腕がどうこうって話ではなくて、完成した彫像をどうするのかって問題だ。

 もっと具体的に言うなら、パンタレイアス島には数多くの彫像を保管しておくような場所がない。

 島民を楽しませる為の彫像なら、多少の場所を取っても問題はないが、僕が今から作ろうとしてるのは、あくまで僕の知り合い達の彫像である。

 それを島の広場に置かせてくれは、少しばかり勝手が過ぎるだろう。


 また洋上にあるパンタレイアス島は、潮風が吹き付け、彫像が長く姿を留めるには向いていない。

 僕が望んだのは大切な人達の姿を、僕の記憶以外のどこかに保存しておく事。

 その場所としてこのパンタレイアス島は、あまり適した場所じゃなかったのだ。


 ならばいっそ引っ越そうか。

 僕がそう言えば、きっとアイレナも頷き、付いて来てはくれるだろう。

 彼女がこのパンタレイアス島の責任者の地位を、そろそろ誰かに譲りたがってるのは知っている。

 元々アイレナがエルフのキャラバン内に影響力を保ち続けようとしたのは、僕が南の大陸への支援を望んでいたからで、それも既に終わった話だ。


 それにあまり考えたくはないけれど、長命のエルフだってずっと生き続ける訳じゃない。

 彼女が生きる時間は、残り百年か……、どんなに長くても二百年には届かない程度。

 人間の感覚で言えば十分過ぎる程に長い時間に思うかもしれないが、僕やアイレナにとってはそうじゃなかった。

 終わりは既に見え始めてる。


 だからアイレナは、そのうちエルフのキャラバンの仕事を辞めるだろう。

 もちろん唐突に、じゃなくて後任を見付け、育てて仕事を引き継いでからにはなると思うけれども。


 でもアイレナの仕事に関しては問題がないにしても、これ程に長く住んだ場所を離れるのは、少しばかり惜しく感じる。

 僕もエルフのキャラバンを手伝って、この島の開発には最初から関わった。

 船着き場や道の整備をしたり、頑丈な港が完成するまでは嵐を遠ざけたり。

 島に建ってる家々に使われた釘や金具は、僕が生産した物が八割か九割を占めるだろう。

 昔、鍛冶を習い始めた頃、ずっと釘や金具を作ってたら町中の殆どを僕が作った物で埋めれるなんて風に考えた事があったけれど、この島でそれを実現させてしまった。


 要するに、そう、僕はこの島に愛着が湧いている。

 普段はそんなの意識しないけれど、いざ離れる事を選択肢に入れて考えてみると、意外な程に拒否感があった。

 あんなにも、フラフラと大陸のあちらこちらに出掛けたり、南の大陸にだって行ったりしてたにも拘わらずだ。


 また、僕のように色々と旅に出がちな者にとって、このパンタレイアス島は非常に便が良い。

 大陸の各地に行く船は引っきりなしに出入りしてるし、海を歩いて洋上に出れば人目を避けられるから、ヒイロを呼ぶ事も容易かった。

 そう考えると、今はこの島を離れる選択肢はないなぁと思う。

 仮にアイレナがそうしたいと言うなら話は別だが、彼女にとってもここは思い出のたくさん詰まった場所だろう。


 だったら、最初の問題に戻るのだけれど、彫像の置き場はどうしようか。

 ゆるゆると石を彫り、製作を進めながら、僕は考える。

 一つや二つなら、欲する者はいる筈だ。

 例えばアイレナの彫像なら、この島の広場やエルフのキャラバンの出張所に、置きたいと言われるかもしれない。

 しかし僕は一人や二人じゃなくて、大切に思う人々、皆の姿を彫って保管したかった。


 でも一体、どこの誰がもう存在しない僕の大切な人々に興味を持つ?

 山に洞窟でも掘って彫像を並べてもいいけれど、何だかどうにも違うのだ。

 厄介な事に僕は、彫像を通して、大切な人々の姿を、誰かの記憶に残したいと思ってる。


 だがそこまで自分の思考、欲求を整理すれば、どうするべきかは自然と分かった。

 僕の大切な人々の姿を、誰かの記憶に残したいなら、それをずっと残してくれる者の目に触れるようにすればいい。

 そう、それは、僕と同じ古の種族。

 世界の終わりまで在り続ける、不滅の者達。


 昔、僕の話をずっと聞いてくれた黄金竜なら、大切な人々を模った彫像を保管し、その姿を記憶に留めてくれるだろう。

 雲の上、巨人達が暮らすあの城なら、彫像を並べておける部屋もある筈だ。

 何時か世界が焼かれた後、雲の上に匿われた人々がその彫像を目にすれば、その時に何を思うだろうか。


 大きく育ってハイエルフの聖域に収まらなくなった不死なる鳥、ヒイロは別の場所に巣を作って、普段はそこで身体を休めてた。

 ヒイロなら、巣に彫像を置いても、大切に愛でてくれる筈。

 そして精霊達は、彫像だけじゃなくて僕が製作した全ての品を、いや、僕の歩んだ軌跡すらも、きっと何一つ溢さずに記憶してくれている。

 精霊がそれを語る事はしないけれども。

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