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 僕が目を覚ましたのは、時間で言えば真夜中にあたる時間帯だった。

 宿の主人が、僕が寝ている間にドワーフの王の使いが来て、後日でいいから顔を出して欲しいと伝言を頼まれたと教えてくれる。


 まぁ後日でいいと言うのなら、後日に顔を出すとしよう。

 今回、僕の来訪目的はアズヴァルドの墓参りで、ドワーフ王の顔を拝む為じゃない。

 ただ今のドワーフの王がどんな職人なのかは興味があるから、余分に数日滞在するくらいは容易い事だった。

 基本的に、僕の時間は沢山あるのだ。


 さて、目的地の墓地は、地下都市であるドワーフの国の中でも、更に下層に潜った場所にある。

 この世界では死者の骸に魔力が、正確には歪みの力が働き掛けて、屍人と呼ばれる魔物にしてしまう事があった。

 故にこの世界では死者を弔う時、屍人にならぬように処置を施す。

 そのやり方は、種族や地方によって様々だ。

 例えばある地方の人間は、葬る際に骸の腹を切って開く。

 こうする事で死者を変質させる力が、体内に溜まる事を防ぐのだとか。


 そしてドワーフに伝わるその処置は、火葬だった。

 鍛冶を愛するドワーフは、火に親しみ生きる種族だ。

 だから死んだ後も、火の力を借りた弔いを行う。

 火と一つになった後、残った骨灰を壺に詰め、それを墓に納める。

 或いはそれは、国を広げるには開拓ではなく、地を掘る手間を余分に掛けるドワーフなりの、場所の節約方法なのかもしれない。


 まぁいずれにしても、ドワーフの墓地は下に向かう地下道を通った先、町から離れた場所にあり、光を放つ苔が多く植えられているので、昼でも真夜中でも特に環境に変化はなかった。

 とはいえ、ドワーフであっても真夜中に好んで墓地に行く者はそんなに居ないが。


 少し薄暗くて長い地下道を抜けると、植えられてる苔の量は一気に増えて、青白い独特の光が墓場を照らす。

 空気はひんやりと冷たく、静かで、……あぁ、まるで幽霊でも出てきそうな雰囲気だ。

 だけどその事に、特に怖さは感じなかった。

 何故なら、この場所に出てくる幽霊なんてどうせドワーフだし、用件だって酒が飲みたいとかそんなだろう。

 そんなの、生きてるドワーフと何も変わりはしない。

 また僕は、再会できるなら幽霊でもいいから、アズヴァルドとは再会したいし。

 もちろん、そんな都合の良い話があり得ないって事くらいは、十分にわかっているけれども。


 僕は前世の記憶を持つハイエルフだから、魂が存在すると体験を以て知っていた。

 ただ精霊が見れるこの目でも、幽霊を目の当たりにした事はない。

 ハイエルフとして生きる時間を終えた後、精霊になった者の姿は見えたから、幽霊も存在してるなら僕のこの目で見える筈なのに。

 ……つまりこの世界に、幽霊は存在しないのだろう。

 なのに、本当に不思議なのだけれど、墓に参ればどうしてか、故人をとても良く思い返せる。


 ドワーフの王だったアズヴァルドの墓は、墓場の奥、歴代の王の墓が並んでる場所にあった。

 尤もだからといって、特別に大きな墓が建てられてる訳ではない。

 一般的なドワーフはその家の墓があって、家族と共に眠るのだけれど、王やそれに準じる功績を挙げたドワーフは、個人の墓を持つ事が許される。

 アズヴァルドは、あぁ見えて意外に寂しがりだったから、家族と共に眠る方が良かっただろうに。


 目当ての、アズヴァルドの墓の前に立つ。

 墓といっても、個人の墓を持つドワーフの場合は、故人が挙げた功績を刻まれた石碑があるだけで、骨灰を詰めた壺がこの下に納められてる。

 但しアズヴァルドの墓だけは、石碑に並んでもう一つ、えらく目立つものが置いてある。

 それは以前に僕が彫った、アズヴァルドの彫像だ。

 一人だけ墓にこんな物を置けば、そりゃあ悪目立ちするとアズヴァルドだってわかってただろうに、それでも彼は、僕の彫った彫像を墓に置く事を望んだらしい。


 本当に、友達甲斐のある男だった。

 この場所は、ドワーフの国でも更に地下にあるから、風雪に晒される事なく、彼の姿は長く残るだろう。

 僕はそれが、あぁ、とても嬉しい。 


 アズヴァルドの石碑に目をやると、そこは刻まれた文字で一杯だ。

 それだけ、彼が在位中にドワーフの国の為に成した事は多かったという証明である。

 でもその中には、王になる前からミスリルを鍛えたとか、戦士の休息場である温泉地を作っただとか、刀の材料となる玉鋼の生産地を整えただとか、僕が関わった件も幾つかあって、読めば懐かしさと共に何故だか笑ってしまうけれども。


「約束通りに、来たよ。クソドワーフ師匠」

 まぁ取り敢えず、僕は墓の前に座り込み、声を掛ける。

 当然、返事なんてない。

 目の前にあるのは、彼の軌跡を刻んでいても単なる石碑で、姿を模していても単なる石像で、アズヴァルド自身ではないから。


 しかし不思議と、……フンと、彼が鼻を鳴らした音が聞こえたような気がした。

 それはきっと僕の感傷で、幻聴だけれど、きっとこれを聞く為に、僕はここに来たのだろう。

 

 正直、もう会えない事を寂しくは思うけれど、哀しくはない。

 アズヴァルドは精一杯に生きて、子孫を残し、皆に慕われて、そして死んだ。

 誇らしい程に立派な師であり、友だった。


 彼が僕に遺してくれた物も、また多い。

 カエハが僕の剣技の中に在るように、アズヴァルドもまた、僕が振るう鍛冶の技に宿ってる。

 故人を偲びはすれど、喪失を僕は受け止めて、ちゃんと受け入れる事ができていた。


 僕は持参した酒を二つの杯に注ぎ、一つに口を付ける。

 今日は昼間も飲んだけれど、もう一度酒盛りだ。

 アズヴァルドの墓を前に酒を飲み、持参した干し肉を齧ってると、色んな事を思い出す。

 例えば、彼が好きだった酒のつまみが、鹿の干し肉だったとか。

 それも単なる鹿じゃなくて、プルハ大樹海に生息する鹿の魔物で作った干し肉だ。

 質実剛健ってイメージのあるアズヴァルドだけれど、酒とつまみに関しては意外に贅沢者だったりもした。

 懐かしみながら酒を口に運ぶ。


 人は生まれ、やがて死ぬ。

 いずれ消えてしまう儚き者。

 人間もドワーフも、エルフだって同じだ。


 昔、ハイエルフの長老、僕の祖父のサリックスは、儚き者との関わりは後に感傷以外は残らないと称したけれど、それはやっぱり違うと思う。 

 確かに死は別れであり、残った繋がりも時と共に薄れ行く。

 それでも彼らの与えた影響が、今の僕を形作ってる。

 僕というハイエルフがやがて精霊となり、世界の終わりまで在るのなら、彼らが僕に刻んだ何かも、きっと不滅の物なのだ。


 まぁ、酔っ払いの戯言だけれど。

 今夜の酒は、味わいが深い。

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