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 では一体、どうして長蛇公は敢えて損を選ぶのか。

 そこを考える必要がある。


 ヒントは、というかもうほぼ答えだと思うのだけれど、

『長蛇公は、……うん、とても厳しい方だけど、多分一番、沢山の人が織り成す今の世界を大切にしてる仙人だと思うわ』

 ソレイユが口にしたこの言葉にあった。

 要するに長蛇公は、エルフのキャラバンの一人勝ち、いや、黄古帝国も含めても二人勝ちの状態にしたくないのだろう。

 もう少し噛み砕けば、商業の世界を長命種、長命者で牛耳ってしまいたくないというのがよりわかり易いか。

 つまりは以前、僕がドワーフの国の王になる事を拒んだのと、根は同じだ。


 長い時間を生きるエルフが商業を牛耳れば、人間はやがてそれに慣れてしまうだろう。

 ケイレルがそうであるように、エルフの積み重ねる経験は人間の比ではない。

 エルフが商業の世界で勝ち続ければやがて対立も、競争も起こらなくなり、緩やかに支配と停滞の時が始まる。

 流通の全てを握られたなら、国ですらもうエルフには逆らえなくなっていく。

 人間がエルフに頭を抑えられる事に慣れきってしまい、当たり前と受け入れた時、それはもう奴隷のような、というと言い方が非常に悪いけれど、近い存在になるんじゃないだろうか。


 もちろん必ずしもそうなるって訳じゃないと思う。

 ただ、長蛇公はその気になれば、エルフのキャラバンよりもずっと先に商業の世界を握れる個人だ。

 仙人である彼の積み重ねた経験は、エルフでも及びもつかない膨大なものだから。

 でも彼はそうしない。

 沢山の人が織り成す今の世界を大切に思うから。

 なるべく多くの人が切磋琢磨して、新しい何かを生み出す事に期待をするから。


 故にここから先も大きくなり続けるだろうエルフのキャラバンを小さくするか、それが叶わずとも今の規模に押し留めようとして、黄古帝国と互いに損をさせようとしている。

 これが長蛇公の行動の理由だろう。



「わかられましたか?」

 ふと気付くと、長蛇公は僕を真っ直ぐに見ていて、そんな風に問いを発した。

 もしかして、表情に出てしまっていただろうか。

 心の内を見透かされたみたいで、ちょっぴり焦る。

 だがその言葉で、僕は自分の考えがおおよそ正しいのであろうと、確信を持つ。


「多分、大体は。やりたい事は理解するよ。ただ相互理解は必要じゃないかな。急過ぎると、職を失う人も沢山出るかもしれないし、そうさせない為に組織の長は必死になる」

 ケイレルなら、アイレナの後継者たる彼ならば、ゆっくりと時間を与えられれば、自分で答えに行きつくかもしれない。

 今はエルフのキャラバンを守らねばならないという責任感が、その答えに辿り着こうとする思考を阻害してるが、時間さえあれば。

 けれどもケイレルが答えに辿り着くまで、のんびりと黄古帝国に滞在という訳にはいかない。 

 いや、ケイレルは良かったとしても、ハイエルフである僕が長々とこの国に留まるのは、黄金竜の存在を考えると問題だ。


「……ふむ、そうですな。私達は、仙人は、物事を勿体ぶる悪い癖がある。気を付けてはおりますが、いや、失礼しました」

 長蛇公はそう言って、軽く頭を下げる。

 あまりに素直に受け入れられて、こっちが却って恐縮してしまうけれど、驚きはない。

 もう長蛇公がそういう人だと、薄々はわかっていたから。


「私が取引を縮小し始めたのは、エルフのキャラバンがこれ以上に拡大する事を防ぐ為。一強による支配は新たな芽を摘む」

 少し穏やかな表情で、長蛇公は自分の長い髭をするりと撫でた。

 これがドワーフなら、髭を扱くと称するべきだけれど、長蛇公のそれは同じ動作とは思えないくらいに品がある。


「同胞を救う為、同胞の立場を高める為、南の大陸を助ける為、エルフのキャラバンは大きくなった。それはよろしい。しかしそれも既に終えられた。これ以上の拡大は、誰の為にもならぬと考えるのです」

 やはりそれも思った通りか。

 エルフのキャラバンが力を付けないとならない時、黄古帝国は積極的に力を貸してくれた。

 しかしその時は終わったと判断されたのだ。


 ケイレルにも言い分はあるだろう。

 上を目指す事をやめれば、待っているのは停滞じゃなくて緩やかな衰退だ。

 ただエルフのキャラバンの外にいる僕から見れば、長蛇公の言葉に理があった。

 長蛇公はエルフのキャラバンが上を目指し続けても尚、規模が大きくならないように互いに傷つけ合おうとしている。


「けれど真なる人、エイサー殿。先程も言いましたが、私は貴方に深く感謝をしている。北の大陸が焼かれる事なく、今も無事であるのは貴方のお陰だ」

 でも更に続いた言葉は、僕に向けられて、あまりに意外なものだった。

 あぁ、うん、まぁ、そんな事も、あったかもしれない。

 別にそんな大げさな話じゃなくて、誰だって自分の住んでる場所や、好きな人々が焼かれそうなら、抵抗するのは当然で、僕もそうしたってだけなのだけれど。


「故に貴方が仰るなら、私は以前の通りにエルフのキャラバンとの取引をしましょう。如何か?」

 そう言った長蛇公の目は真剣そのもので、……僕は思わず言葉を失う。

 いや、それ、僕が決めなきゃいけないの?


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