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 港町を出て暫くすると、街道を逸れて少し細めの脇道に入る。

 馬達が思う通りに、……というよりはもう馬車が道を外れないように調節して牽いてくれているから何とかなっているが、正直、御者としては非常に怖い。

 それから更に数刻進めば、馬車は近くに川の流れる小さな山の麓で止まった。


 さて、ここからは山登りかと思いきや、その小さな山には山頂までの階段が彫られてて、一歩、そこに足を乗せると、段が流れるように動いて僕達を上に運び出す。

 あぁ……、これは雲の上、巨人の国でも見た事があった。

 尤も螺旋でない分、迫力は幾らか劣るけれども。

 何というか改めて、巨人と仙人の繋がりを感じる。

 ただ僕と一緒に雲の上に行ったアイレナはともかく、ケイレルはこの不思議な階段に驚きを隠せない表情だ。


 恐らくケイレルは、州の統治者としての長蛇公としか会った事がないのだろう。

 仙人であるとは知っていても、それが具体的にどういった存在なのかを目の当たりにはしてこなかった。

 恐らくは、特別に長命な人間くらいの認識しか、してこなかったんじゃなかろうか。

 もちろんそれは仕方のない事ではあるけれど、まだ長蛇公に会ってもないのに、雰囲気に飲まれてしまうのはあまりよくない。


「ソレイユ、長蛇公ってどんな人なの? お金儲けが得意って話は聞いてるんだけど、実際に会った事はなくてさ。今のところ、人を驚かせるのが好きなのかなって印象だけれど」

 だからという訳ではないけれど、僕はソレイユに問う。

 僕がこれまで会った仙人は、王亀玄女、白猫老君、竜翠帝君の三人だ。

 仙人達の弟子であった白狼道士も、今では南の大陸で立派な仙人となってるだろうから、それも含めれば四人になるが。


 いずれにしても長蛇公は、今までに会った仙人達とは少し違う気がする。

 僕に対しての心配りの数々、見せ付けるようなこの階段。

 それらはとても、……そう、人間臭い。


 王亀玄女は実直で優しいがその本質は求道者で、黒雪州の住人は地人だからいいものの、人間が多い州の統治者が彼女だったら、きっとそれは大きな不幸だ。

 白猫老君は人間を理解しているが、結局のところはその興味は探究に向いてる。

 竜翠帝君なんて浮世からはかけ離れた感性をしていて、本当に胡散臭かった。

 もしも今回、僕らを出迎えるのが彼らだったら、その出迎え方は全く違う物だっただろう。


「長蛇公は、……うん、とても厳しい方だけど、多分一番、沢山の人が織り成す今の世界を大切にしてる仙人だと思うわ」

 僕はソレイユの返事を聞いて、少し納得する。

 これは勝手な想像だけれど、殆ど知らない鳳母を除いて、ソレイユと一番気が合うのはもしかすると長蛇公なんじゃないだろうか。

 少なくともソレイユの言葉には、長蛇公への敬意と親近感が含まれていた。


 当たり前の話だけれど、僕とソレイユは種族も違えば気質も違う。

 僕にとって気が合う、信頼できる仙人は王亀玄女や白猫老君となるけれど、それは彼らの武術や魔術に対する探究心に共感するからだ。

 自分で言うのも何だけれど、僕はハイエルフなんて生き物だから、浮世離れしてるところもあるのだろう。


 一方、少なくとも仙人の道を選ぶまでのソレイユは、地に足の付いた子だった。

 いやもっと言い方を変えれば、比較的だが普通の子だったのだ。

 サバル帝国の皇帝の娘と、生まれ付き背負った運命は重たい物だったが、それを本当はお金持ちの家の子だったなんて称するくらいに。

 故に仙人でありながらも、己の道を探求するのみならず、『沢山の人が織り成す今の世界』との繋がりを強く保つ長蛇公に共感をするんじゃないだろうか。


 何だか少し、安心する。

 ソレイユが上手くやれてそうな事に、いや、それ以上に、彼女が仙人の弟子としての生活を、楽しめてそうな雰囲気に、安堵したのだ。

 当然、仙人の修業には己の道を探求する強い気持ちは必要な筈だけれど、長蛇公はきっとソレイユを上手く導いているんだろう。



 動く階段は僕らを山の頂上へ。

 ちらりと伺えば、僕らの話に耳を傾けていたケイレルは、既に自分を取り戻してる。

 振り返れば、遠目に港町が一望できた。

 また一つ、長蛇公の人柄がわかったような気分だ。


 これらを総合して考えると、長蛇公がエルフのキャラバンとの取引を縮小する事には、何か理由があるのだろう。

 単なる自分の儲けとかそんな小さな話じゃなくて、もっと別の理由が何か。


 或いはこれまで黄古帝国が大きな取引をしてくれていた事自体が、僕からの紹介ってだけではない特別扱いで、今はその理由が失せたのだとも考えられる。

 エルフのキャラバンが海洋貿易を始めたばかりの頃は、同胞たるエルフを助ける為の力が必要だった。

 それから後もエルフを守る為にキャラバンは確固たる立場を築き、影響力を持つ為に拡大しなければならなかった。

 ついでに最近までは、南の大陸を支援する為にエルフのキャラバンには多くの稼ぎが必要だった。

 そして今、エルフのキャラバンはもう十分過ぎる程に大きく、南の大陸への支援も、単なる支援から交易に変わって利を生み出すようになっている。

 もう、長蛇公がエルフのキャラバンを贔屓にする理由がないと言えば、それは間違いなくそうなのだ。


 ソレイユが、いや、今は仙人の弟子の聖鷲道士と称した方が良いだろうか。

 いずれにしても彼女が目の前の、引き戸を開けて、

「ではどうぞ、中で長蛇公がお待ちです」

 僕らを中へ招き入れる。

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