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 ソレイユが5歳になり、アイレナの年齢は伏せておくにしても、僕も355歳になる。

 この頃になると、ソレイユも僕やアイレナとばかりではなく、多くの人と接する経験が必要だろうと考えて、島の学び舎に通わせる事になった。


 実はパンタレイアス島は、ソレイユ以外にも子供の数が意外に少なくない。

 というのも、ほら、船乗りを相手にする娼婦も多く暮らしてるから、どうしても新たな命が生まれてくる。

 そうして生まれた子供達の面倒をみたり、読み書きや計算を教える施設として、この島には幾つかの学び舎があった。

 大陸では、そうした役割は主に教会が担うのだけれど、各地から人が集まるパンタレイアス島では、皆が信じる宗教もバラバラだ。


 宗教に関わる施設が皆無な訳ではないけれど、自分が信じている訳でもない教会に、子供を通わせる事に抵抗を感じるのは、当たり前の話だろう。

 故にこの島では、子供を預かり基礎的な教育を行う施設、学び舎をエルフのキャラバンが出資して作っていた。

 将来、親のように娼婦や船乗りになるとしても、読み書きや計算くらいはできた方が、報酬を誤魔化されたり、誰かに騙される危険は大きく減る。

 またその学び舎で基礎的な知識を得た後、商会の下働きに入って商人を目指したり、訓練所で戦い方を学んで傭兵や冒険者になる道もあった。


 僕も乞われれば、本当にたまにだけれど、訓練所に剣の使い方を教えに行く事もある。

 ちなみに島の治安を守ってる私兵の一部は、そうして傭兵や冒険者になって島を出て、経験を積んで戻ってきた者達だ。


 もちろん僕もアイレナも、ソレイユに対して学び舎で教えてる読み書きや計算くらいなら、或いはそれ以上であっても、自分達で教える事はできるだろう。

 実際、ウィンを育ててた時は、教会には通わせないで、僕が読み書きも計算も教えたし。

 たださっきも述べたように、ソレイユには僕とアイレナばかりでなく、多くの人と接する経験が必要だった。

 特に、彼女と同じ年ごろの子供達との触れ合いが。


 ウィンにはシズキやミズハが居た。

 同じようにソレイユにも、友と呼べる存在を得て欲しい。

 あの林に住み着いた鷲とは、ソレイユはよく遊んでるけれど、そうじゃなくて、できれば人の友達を。


 別に人見知りはしないのだ。

 近所の住人には挨拶もするし、家に出入りしてる手伝いの人達にも懐いてる。

 出会いさえあれば、仲の良い友の一人や二人は、きっと簡単にできるだろう。


 僕はそう考えて、受ける鍛冶仕事を少し増やした。

 ほら、時間があると、僕はどうしてもソレイユを構いに行っちゃうから。

 彼女の事を考えるなら、僕の手は、今は少しばかり塞がっていた方がいい。

 アイレナも僕と同じ考えらしく、少し仕事を増やしてた。

 元々、僕と比べれば全然多く、働いているのに。



 さて、そんな訳で鍛冶である。

 仕事を少し増やしたと言っても、やはり物事には他との兼ね合いが必要だ。

 この島では足りない鉄製品を、船で運んで来て補っている。

 故に僕が鍛冶仕事に携わらなかった間は、その補う量を増やす事で対応して貰ってた。


 でも当然なのだけど、今日、仕事を増やすと決めたからって、船で運ばれてくる鉄製品の量がいきなり減る訳じゃない。

 既にこちらに向かって運ばれてる鉄製品を受け取ってから、次は量を少し減らして貰えるように頼み、その代わりに運んで来て欲しい品を伝える。

 運ばれて来る鉄製品の量が減るのは、その次回の船からだ。

 いきなり僕が仕事の量を多く増やせば、その辺りの調節が、少し面倒になりかねない。

 こちらの我儘で仕事の量を減らしたのだから、その辺りの気遣いは、どうしたって必要だった。


 だから、まぁ、取り敢えず今日のところは好きな物を作るとしよう。

 久しぶりに武器を打つのもいいけれど、……うぅん、武器ってどうしても扱いに危険が伴う品である。


 好きに何かを作るなら、作ったそれを僕はソレイユに見せびらかしたい。

 しかしソレイユがその武器を気に入って玩具にしようとしたら、それはとても危険な行為だ。

 自分から見せびらかしておいて、玩具にしようとした子供を叱るなんて、いやいや、それはちょっと理不尽だろう。


 なので武器は却下である。

 見せびらかさなきゃいいだけの話だけれど、僕は見せびらかしたいのだ。

 防具も格好はいいけれど、やっぱり扱いを間違えれば危ないし。


 装身具にしようかなぁ。

 女の子に限らず、キラキラとした光り物が好きな子供は意外と多い。

 また船乗りから娼婦への贈り物にもなるだろうから、換金が容易いのもポイントだ。

 だったら、そう、今回は金細工にしよう。


 金細工と言っても、使うのは純金じゃない。

 純金は金属としては柔らかいので、傷が付いたり型崩れを起こし易いという欠点がある。

 金塊として大事にしまっておくならともかく、装身具には向いてなかった。

 だが他の金属を混ぜて合金にしてしまえば、その輝きを損なわずに硬さを加える事も可能だ。

 あまり混ぜ物の率を多くすると金に特有の色味が失われてしまうから、……金を七割強、銀や銅を合わせて3割弱程混ぜるのが、一番使い易いだろうか。


 地金を用意したら、叩いて伸ばして湾曲させて、輪を作る。

 そう、今回作るのは腕輪だった。

 宝石をあしらうのも映えるだろうが、今回は彫金でどこまで美しさを引き出せるかやってみよう。

 あぁ、折角だから、魔道具としても使えるようにしておこうか。

 自分の好きなように作るなら、やはり持てる技術は精一杯に籠めたくなるのが人情だ。

 といってもあまり強力な魔術が発動する道具にしてしまうと物騒だから、……魔力を籠めれば、薄っすらと腕輪自体が光を放って輝くようにすると、それはとても綺麗なんじゃないだろうか。


 形を整え、磨いて、繊細に彫って、彫って、彫って、彫って。

 何週間も掛けて少しずつ、だけど熱心に作った金の腕輪は、僕も満足の出来になったし、見せびらかせばソレイユも目を輝かせて夢中になる。

 けれどもアイレナには、子供にあまり高価なもので遊ばせるなと小言を貰うのも、まぁ、うん、それもきっと当然だった。


 今日も島での大切な時間は、決して止まってはくれないけれど、穏やかに流れていく。


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