三十三章 東に咲いた太陽の花
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物凄く当たり前の話をするけれど、子を育てる上で大切なのは、とにかくその子と接する事だった。
幼い子供は、こちらの事情を理解したりはしない。
食べていく為には働かなきゃいけないし、そうやって生活を維持する事も子や家族への愛だろう。
でもそうした愛情は、特に幼い子供には届き難い物だ。
何故なら小さく幼い子供にとっては、自分の目の前の世界こそが全てであるから。
目に届かぬ場所で支える愛に、気付けって方が無理だった。
親は無くとも子は育つ、なんて言葉を前世か今生かは忘れたが、聞いた事はある。
その言葉を否定する気はないが、そうして育つのは親を必要としない子だ。
僕もアイレナも、ソレイユの本当の親ではないけれど、だからこそ余計に彼女から必要とされたいと思ってる。
ウィンの事を考えると、その言葉は実に皮肉に思えてしまうけれども。
まぁ要するに何が言いたいかって話をすれば、僕もアイレナも、ソレイユの歓心を買う為に割と必死になって仕事を減らし、家に居る時間を増やしてるって事だった。
だって、小さなソレイユは本当にとても可愛らしいから。
ソレイユが家に来る前は、僕とアイレナはお互いの仕事が終わる時間を合わせたりして、なるべく一緒に過ごしてた。
だけど今は、ほら、アイレナがソレイユを構ってると、僕は構えないし、その逆も然りだから、お互いの仕事の時間をずらしてる。
また僕の場合は、半年以上も西部に出掛けていた後だから、好んで引き受けなければ鍛冶仕事も最小限で済む。
彫刻は趣味だし、港まわりの雑用で頼られる事もあるけれど、小さな子供を抱えてる今は、皆が遠慮をしてくれていた。
以前、ウィンを養子として育ててた時は、働く背中を見せなきゃなんて考えてたような気もするけれど、それは僕の見栄でもあったんだなぁと、今になればそう思う。
もちろん、それも決して間違いではなかったのだけれど、あの時ほどに張り切った気持ちは今はなかった。
数年後、もう少しソレイユが大きくなって、彼女の世界が広がれば、僕やアイレナの働く姿を見せる事も学びになるだろうけれど、それは別に今じゃなくていい。
何しろ僕もアイレナも、蓄えは十分にあるのだし。
「とと~」
舌足らずに呼ぶソレイユを抱いて、僕は島内をのんびり歩く。
決して広い島ではないけれど、僕が暮らして長いこの場所には多くの精霊が集まっている。
人間でありながらその姿を見れる彼女には飽きぬ光景であるらしく、辺りをきょろきょろと見回して楽しそうだ。
また精霊達にも姿を覚えて貰う事で、この島はソレイユにとってより安全な場所となるだろう。
「そうだねぇ、ととだよー。……じじでもいいけど」
アイレナの努力の結果、ソレイユは僕らを父母と認識したらしい。
まぁそれも、小さなソレイユを育てていく上では、必要な事である。
とうさん、かあさんとはまだ言えなくて、とと、かか、になってるけれど、舌足らずに僕らを呼ぶソレイユは、やっぱりとても可愛らしい。
だから僕には不満なんて、特になかった。
ホントだよ。
今日の目的地は、木々が生い茂る島の林だ。
小型の生き物も少なくない林は、本当ならば子供が遊ぶには些か危険な場所だろう。
だけど精霊を見る目を持ち、ハイエルフやエルフに育てられているソレイユにとっては格好の遊び場となる。
ヨタヨタと走ろうと、根は彼女の足に絡まないように避けるし、逆に自然に転びそうになった時は、木々や地がそっと支えてくれた。
葉が陽光を遮る林の中に吹く風は、穏やかで涼しい。
でも何時かは、ソレイユにも塩気の含まれない風というのを、教えてあげたいなぁとそう思う。
この島という世界を、彼女が狭いと感じる頃になったならば。
林の奥で木の根元に腰を下ろし、近くでソレイユを遊ばせていると、ふと気配を感じて視線を上げれば、枝に留まった一匹の大きな鳥、鷲と目が合う。
ちょっと珍しい。
大陸からは少し離れたこの島に、一体何の用で来たのだろう?
冬の寒さを避ける為、北から南に鳥が移動をする事はあるけれど、ここは流石に行き過ぎだ。
この島を見付けられたから良かったものの、下手をすれば力尽きて海に落ちるところである。
或いは、海を行く船のマストを止まり木に、遥々と船旅を楽しんだのか。
「とと~、とと~、とり!」
僕の視線を追って、鷲を見付けたソレイユが、まるで今、自分が見付けたのだとでも言わんばかりに、僕にその存在を教えてくれる。
うん、実に可愛らしくて、笑ってしまう。
「そうだねぇ、鳥だねえ。鷲かな?」
大型の猛禽がその気になれば、人間の子供くらいは攫ってしまう事もできるだろうけれど、……まぁ心配は要らなさそうだ。
鷲は僕にもソレイユにも興味を示したようで、こちらをジッと見てるが、そこに敵意や害意は感じない。
だったら、別に構わなかった。
ソレイユも喜んでいるし、のんびりこの林で暮らせばいい。
鷲を脅かすような大きな生き物は、この島には殆ど居ないし、何なら林のヌシにだってなれるだろう。
もちろんそれは、人の暮らしを脅かさなければの話だが。
恐らく、それを理解できるくらいには利口そうだし、隣人として認めよう。
尤も、実際にそれを認めるのは僕じゃなくて、実質的なこの島の領主であるアイレナだから、僕にできるのは彼女に大丈夫そうだと伝える事なのだけれども。
「とり~、とり~」
無邪気に呼び掛けるソレイユを、僕と鷲は、しばらくジッと見守っていた。
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