325


「えっと、私は、お母さんならともかく、お祖母ちゃんと呼ばれるのは少し避けたいです」

 それが、僕と一緒にソレイユを育てる事になったアイレナの、たった一つの望みらしい。



 西部で一番の大国、サバル帝国からウィンの子を、つまり僕にとっては孫を連れて帰って来た事に対して、アイレナは少しも動じなかった。

 それどころかエルフのキャラバンで雇ってる私兵の数を増やして、パンタレイアス島の治安、防衛力を強化して、僕の帰りを待ってたくらいだ。

 どうやら彼女には、ウィンの手紙を読んだ時点で、本当の頼み事の内容にも薄っすら察しが付いてたらしい。


「ウィン君がエイサー様を頼るなら、他の誰にも任せられない事くらいでしょうし。もし違っても、島の警備の強化は無駄になりませんから」

 なんて風に、島に帰った僕からソレイユを受け取って、アイレナは優しい笑みを浮かべる。

 僕も自分では、それなりに勘の働く方だと思っているが、彼女の鋭さには勝てる気がしない。

 冒険者として多くの危機を乗り越え、エルフの代表として国と交渉し、キャラバンの長として皆を率いてきた経験が、アイレナに深い洞察力を養わせたのだろう。


 出会った当初のアイレナは、もう少し色々と、抜けたところもあった気がする。

 いやぁ、でも、あの頃は僕も大分と酷かったから、彼女の事は言えないけれども。


 ただアイレナが、ソレイユを喜んで受け入れてくれてるみたいで、僕は安堵の息を吐く。

 彼女が子供好きであるとは知ってるから、断られるとは思ってなかったけれど、人を一人抱えるのは、決して軽い事じゃない。

 それができる状況ではなかったけれど、それでも全くの相談なしに決めてしまったから、小言を貰うくらいは覚悟してた。

 特に、ソレイユは人間だから。


 でも小さなソレイユを抱きかかえるアイレナの表情はとても嬉し気で、生きる時間の違いを恐れる様子は、今は見受けられない。

 愛する人が先に逝ってしまう事を、彼女は強く恐れてたけれど、今は受け入れられるようになったのだろうか。

 尤も僕は、それこそ世界が崩壊するくらいの出来事がない限りは、アイレナより先には死なないと決めているから、彼女は一人きりにはならないけれども。



 アイレナは、思った以上に積極的に、僕と一緒にソレイユを育てる事を受け入れてくれたが、一つだけソレイユに自分達をどう呼んで欲しいかに関してだけは、二人の意見は異なった。

 僕はお祖父ちゃんって呼ばれたいのだけれども、アイレナは、見た目は若々しい僕を祖父と呼ばせるのは悪目立ちすると言ったのだ。

 エルフ二人に……、といっても僕は本当はハイエルフだが、いずれにしても僕らが人間を育てる時点で、目立つ事は避けられない。

 だからそこを気にし過ぎても仕方ないと僕は言ったが……、突き詰めていくと、僕をお祖父ちゃんと呼ばせると、アイレナはお祖母ちゃんと呼ばれる可能性が高いだろう。

 彼女はどうにも、そこが受け入れがたかったらしい。


 実に難しい問題だ。

 アイレナの気持ちは、少しわからなくもない。

 だってアイレナは、自分の子だって思える存在を、育てた経験がなかったし。

 お母さんを通り越してお祖母ちゃんになるのは、何となくでも抵抗があるのだろう。


 しかし僕はソレイユを孫として見てる。

 つまりはウィンの子だ。

 全く所以のない子を預かったならともかく、ウィンの子に僕を父と呼ばせるのは……、どうにもウィンに悪い気がしてならない。

 ただウィンは、ソレイユに対しては、国を捨てられなかった彼が全面的に悪いから、自業自得かなぁとも思う。

 またソレイユの僕らに対する呼び方なんて知る由もないウィンに対する感情と、一緒に育てていくアイレナの感情、どちらを優先するかといえば、答えは一つしかなかった。


 ……えぇ、でもお祖父ちゃんって呼ばれたいなぁ。


 でもまぁ、最初は父でもいいか。

 エルフの二人に育てられる子供。

 種族の違いから、僕らが本当の両親でない事はやがて絶対に理解するだろう。

 それはどうしたって隠しようがない。


 僕らはソレイユに最大限の愛情を注ぎ、その上で事情を問われれば全てを隠さずに話す。

 その後、僕を父と呼ぶか祖父と呼ぶかは、ソレイユが決めればいい。

 もちろんその時も、アイレナの事を祖母と呼ぶのはやめてあげて欲しいけれども。

 しかしそれも、アイレナが如何にソレイユに接していくか次第である。


 ソレイユは小さく、まだ二歳にも満ちてない。

 人間の成長はとても早いけれども、だからといって今が小さい事に変わりはない。

 今、アイレナの腕の中で笑うソレイユは、一体どんな子に育つのだろうか。


 この子はあまりに大きな荷を背負って生まれてしまった。

 だがそれは、今、この瞬間までの話だ。

 僕とアイレナが暮らすこの家は、ソレイユにとって世界で一番安全な場所である。


 何故なら、僕とアイレナが協力すれば、竜や巨人以外なら、大体はどうにでもなるから。

 仮に僕一人なら、ハイエルフとしての力で敵を壊すくらいしかできないけれど、アイレナが一緒なら、多くの力を借りられる。

 具体的には、もしもウィンから代替わりしたサバル帝国が敵になっても、僕なら帝国を壊すくらいしかできないけれど、アイレナと一緒なら征服して支配してしまえるくらいに変わるのだ。


 だから安心すればいい。

 いずれソレイユは、彼女が望めばウィンにも会える。

 生まれなんて関係なく、望めばどんな道だって歩めるだろう。

 僕らには、そのくらいはなんて事ないから。


 でもまぁ、そんな先の話はさておいて、取り敢えずは今日と明日で積み木細工でも作ろうかなぁと、僕はアイレナとソレイユの二人を見ながら、嬉しくなって笑みを浮かべた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る