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 それから三日間、僕はのんびりと与えられた部屋で身体を休めて、四日目に準備が整ったとの事で、後継者候補達を紹介された。

 案内された広い部屋には、円状のテーブル、……要するに円卓というやつが中央に据えられており、ウィンを含めて四人がそれを囲むように座ってる。

 うち一人は、僕がこの宮殿にやって来た初日に、殴り掛かって来た若い獣人であり、つまりこの円卓を囲んでいるのは、ウィン以外はその後継者候補であるのだろう。


 円卓に僕の席は用意されていなかったから、少しだけ考えた後、ウィンの斜め後ろに立つ。

 例の若い獣人は、何やら不貞腐れた顔をしていたが、僕を見ると一瞬目を輝かせて腰を浮かし掛け、しかし周りを見回し、つまらなそうに座り直す。

 流石に、この場で挑んでくる程の馬鹿ではなかったらしい。

 いやでも、一瞬状況を忘れかけていたから、馬鹿は馬鹿だなあと思う。

 直情的で、わかり易くて可愛いけれども。

 一つ評価をするならば、先日、散々に僕に打ちのめされたのに、委縮はしてない所だろうか。


 休んでいた三日の間に目を通した資料によれば、若い獣人の名はトラクト・ヴォルス。

 彼は今の虎の氏族長にして、このサバル帝国の軍の頂点、大将軍であるサヴィスト・ヴォルスの子だ。

 サバル帝国で最も権勢を誇る虎の氏族にして、軍のトップであるサヴィストは、皇帝であるウィンに次ぐ権力の持ち主である。

 その子であるトラクトが皇帝の後継者候補となるのは、まぁ当然の話ではあるのだろう。


 ついでに後継者候補の他の二人に関しても述べておくならば、トラクトの隣に座るのは兎の氏族の獣人。

 彼は内務の長であるロマーダ・フィッチの子、ファーダ・フィッチ。

 兎は、獣人の氏族の中では多産、豊穣を司るとされており、国を富ませる内務では多くの兎の氏族の獣人が活躍してるそうだ。


 最後の一人は非常に大柄な象の獣人であるバルバルス・ヴィーダー。

 彼は法務の長であるガルガルス・ヴィーダーの子。

 

 読んだ資料と後継者候補の顔を照らし合わせて行くと、何となくだが、ウィンとサバル帝国の重鎮達の思惑が見えてきた。

 例えば、有牙族の候補者は一人で、有角族の候補者は二人だ。

 兎の氏族の獣人に角はないが、兎を祖霊とする彼らは、知識を重んじる有角族として扱われる。


 この比率から考えると、ウィンやサバル帝国の重鎮達は、この先は軍よりも、国の内政を重視していきたいのだろう。

 或いは、連合軍だった頃に大いに活躍して権勢を誇るようになった、有牙族の力を弱めたいのか。

 まぁこの西部でサバル帝国に抗える規模の国は一つも存在しないのだから、これ以上に軍の力を強めるよりも、国を富ませる内政に力を注ぎたいのは当然だ。


 すると実に可哀想な話だけれど、トラクトが後継者候補である事にも意味を感じる。

 大将軍であるサヴィストにはトラクト以外にも子は多い。

 にも拘らず、どうして直情的なトラクトが後継者候補に選ばれているのか。

 それはトラクトの気質は、強さを重んじる有牙族には好かれ易く、しかし皇帝に選ばれる器ではないからだろう。


 簡単に言えば、ウィンや、恐らくサヴィストも、有牙族、それも特に虎の氏族が力を持ち過ぎていると考えていて、有角族から次の皇帝を選ぶ事で氏族間の格差を減らそうとしてるのだ。

 あぁ、でもウィンに限って言えば、獣人の氏族間だけでなく、獣人とそれ以外の種族の格差も減らしたいと思ってる筈。

 けれども一足飛びにそこに辿り着けなかったのは、選ばれた後継者候補が、獣人ばかりである事を見ても明らかだった。

 要するに、次の皇帝はもうウィンやサバル帝国の重鎮の間では決まってて、選定は派閥を納得させる為のポーズのような物でしかない。



「次の皇帝の選定は、私とこのエイサーが行う。彼は知っての通り、私の養父でもあるから失礼はないように。……わかってるね、トラクト?」

 ウィンの言葉に、トラクトがびくりと一度震える。

 発せられた声は、大国の頂点に立つに相応しいだけの威を纏っていた。

 いや、でもその言葉は、先日の件は不問にするって意味でもあるから、そんなに怯えなくてもいいのに。

 今回の選定で、見る者が見れば道化の役割を与えられていると分かってしまうトラクトが、僕には少しばかり可哀想に感じてしまう。


 身体能力に劣る種族を見下して、状況を考える力に乏しく、更に激し易い直情傾向はあるけれど、少なくとも先日は、僕に対して全て真正面から向かってきた。

 もうちょっと頭を使ってフェイントとか、せめて勢いに緩急を付けたり左右から攻めるとか、すればいいのにとは思うけれども、少なくともその性根が歪んでいない事はよくわかったから。

 僕はトラクトの事を、意外と気に入っているのだろう。

 お馬鹿だなぁとは思いつつも。


「僕はエイサー、紹介にあった通りだよ。種族も見ての通りで、サバル帝国の住人ではないけれど、縁あって今回の件に関わるから。短い付き合いになるかもしれないけれど、力でも知識でも、自信がある事は何でも見せに来て欲しいと思ってるよ」

 だからだろうか、ウィンに促された僕は、挨拶のついでに先日のトラクトの行為を擁護するような発言をする。

 実際、あの時は疲れていたから早めに片付けたけれど、今なら何か、動き方の指導の一つや二つくらいは、してもいいと思っているし。


 すると僕の発言に、ウィンがちらりと呆れたような、諦めたような視線を向けてきて、内務の長の子であるファーダの口元には薄く嘲笑が浮かぶ。

 ウィンのそれは、僕がトラクトを気に入った事を察しての、やっぱりかという視線だ。

 ただファーダの嘲笑は、……どうやら彼もトラクトが道化であると気付いている様子。

 故にファーダは、次の皇帝は恐らく自分だと思ってて、僕の選定なんて無意味だと鼻で笑ったのだろう。

 うん、まぁ、僕の選定は本当に無意味だろうから、一つを除けばファーダの考えは概ね正しく、彼の賢さが良くわかる。


 しかしその、ただ一つの間違いが問題で、それは……、僕の想像では、次の皇帝は多分だが、ファーダではなくバルバルス・ヴィーダーであるという事だった。

 確かにウィンやサバル帝国の重鎮は、外向きではなく内向きの事に力を入れる心算だ。

 だが単に内政に力を入れるだけで、内務の好き勝手な動きを許せば、貧富の差は拡大していく。

 そしてこのサバル帝国での貧富の差は、種族の格差として現れるだろう。


 数の多い人間が富むのか、それとも現状でも優遇されてる獣人が富むのか、その辺りはわからない。

 けれども無計画に貧富の差を広げれば、サバル帝国は内から揺らぐ。

 それを引き締める為に、この国で最も重視されるべきは、互いのバランスを取り、変化する状況に対応できる法だった。


 また兎の獣人は、多産を善しとする氏族で、ファーダもその例に漏れず女癖がかなり悪いという。

 皇帝という役割において、好色は決して悪ではない。

 血を多く残せば、それだけ後継の候補も多く残る。

 場合によってはそれが相争う事もあるだろうが、生まれず途絶えるよりはずっとマシだ。


 でもそれは、普通の国ならばの話であった。

 ハーフエルフであるウィンが建国したこの国は、その血を引かぬ候補者の中から次の皇帝を選んでる。

 だったらまた更にその次の皇帝を選ぶ時、血筋に拘る必要は果たしてあるだろうか?

 血筋に拘る必要がないのなら、多くばら撒かれた皇帝の血は、むしろ邪魔になる可能性すらあった。


 つまり残念ながら、ファーダの役割も皇帝ではなく、トラクトと同じ道化なのだ。

 双方共に、自分が道化である事には気付いてないけれども……。

 本当の、次の皇帝であるバルバルスは、黙したままに語らない。

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