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本家の当主も、ヴィストコートの道場の当主も、今回の件を僕が預かり、ヨソギ一刀流への罰を与えることに同意してくれた。
その罰の内容に関してもだ。
もちろん、彼らにとって僕の言葉の全てが心から受け入れられるものではなかっただろう。
何しろ自分達の門弟に犠牲者が幾人も出ているのだ。
当主であればその仇を討ってやりたいと思っても不思議じゃないし、またそうする事で当主としての威を示せる。
だけどそれでも、彼らは今回の件を僕に預けてくれた。
それは相談役としての立場を気にしたから、というのは当然あるだろう。
或いは実力で僕が勝る、彼らよりずっと長くヨソギ流の道を歩んでる剣士だからというのも、あるかもしれない。
また、やはり僕が長くヨソギ流に関わり続けて来たからこそ、彼らは僕を尊重してくれたと思うのだ。
それ故に、僕は彼らの期待を裏切らず、今回の件を片付ける必要がある。
本家もヴィストコートの道場も、当主が門弟達に今回の件は相談役に任せたと説明して犯人を、カシュウを探し出すのではなく、被害が増える事を防ぐ方向に動いてくれていた。
幾らカシュウが腕の立つ剣士でも、ヨソギ流の門弟達が複数人で固まって行動し出せば、そう簡単には襲撃なんてできやしない。
血の気の多い剣士なら、当主の警告なんて聞かず、寧ろ今こそが己の名を上げる時とばかりに動く者が居てもおかしくなかったけれど、そうした者を出さずに抑え切ってるのは、本家もヴィストコートの道場も、当主が門弟をしっかりと統率しているからだろう。
ヨソギ流の剣士を狙い難くなり、その原因が相談役にあるとの噂を聞けば、思惑通りにカシュウの目は僕に向く。
ルードリア王国の町から町へ、のんびりと歩かせた馬の背に乗り移動を繰り返す僕に、暫く前から向けられる視線があった。
街中でも、移動中でも、ふとした瞬間にその視線は僕に向けられている。
どうやらカシュウも、これが僕の誘いである事には気付いているのだろう。
しかしそのまま見逃すのはあまりに大きな、ヨソギ流の相談役という餌に、食い付くかどうかを悩みながら、ジッとこちらを観察しているのだ。
だが同時に、僕もカシュウを観察してる。
あちらがそうしているように、視線を向けて見ている訳ではないけれど、カシュウがどうする心算なのか、僕はその動きをずっと待って、試していた。
具体的には、カシュウがまだ剣士であるのか、それとも、既に血と名声に飢えた獣なのかを、判断する為に。
そうでなければ、向けられた視線に気付いた時点で、強引に捕縛に動いてる。
どちらであっても、カシュウの首は取らねばならなかった。
そうでなければ今回の件は収まらないし、ヨソギ一刀流への罰も与えられない。
ただ、剣士として殺すのか、獣として殺すのかは、僕は選んで決めてやる必要がある。
何故なら、外道を殺すに剣は不要であるからだ。
カシュウが僕の前に出て名乗り、挑んで来るならば、ヨソギ流の剣士として、相談役として剣を交えて、その上で殺そう。
けれども隙のある僕を見て不意打ちをしかけて来るならば、剣は用いず、襲い掛かって来た獣をただ殺す。
人を殺す方法を選ぶなんて、実に嫌な話だけれど、きっと剣士にとってそれは、大きな違いである筈だから。
僕はカシュウからやって来るのを、ただ誘いながら待っている。
そしてカシュウが動きを見せたのは、僕が視線を感じ始めてから、二週間が経った日の事だった。
「ヨソギ流の相談役とお見受けする。我が名はカシュウ、用件は、言わずともわかっておられよう」
昼間に、辺りに人気のない街道で、僕の前に姿を見せたカシュウ。
どうやら彼は、心の底から血と名声に飢えた獣に堕ちきってしまっている訳ではなかったらしい。
僕が笑みを浮かべて頷くと、カシュウは刀を抜いて、切っ先をこちらに向けて構えを取る。
「貴方に恨みはないが、相談役に勝つ事がヨソギの当主の資格と聞く。我が剣が当主に届くと証明する為、その首を頂戴する」
だけどその次の言葉は、大きな誤解に満ちていた。
僕に勝つ事が当主の条件?
それはちょっと、笑ってしまう。
もう何十年も、僕に勝てた当主なんていやしない。
単に他の弟子の前で当主を負かしては格好がつかないから、誰にも見せずに手合わせをして、その結果を教えていないだけである。
たとえ当主になろうとも、まだまだ剣の道は先に続く。
そう釘を刺す為に、僕は当主と手合わせをするのだ。
半ば以上、僕の趣味も混じってるけれど。
「でも、そうだね。僕を殺せたら、君が当主以上の実力者である証明にはなると思うよ。ただそれはそれとして、死ぬ前に一つだけ聞いて欲しい事があるんだ」
僕は腰から剣を抜きながら、カシュウに対して言葉を投げる。
今回、僕が抜いた剣は、何時もの魔剣じゃなくて、ヨソギ流で使われる直刀だ。
あぁ、ヨソギ流でとは言っても、ヴィストコートの道場やヨソギ一刀流じゃなくて、僕がカエハから学んだヨソギ流でって意味だけれど。
カシュウを剣士として殺すなら、僕の魔剣は些か以上に武器の力が強過ぎる。
尤もこの直刀も、僕が丹念に打った物だから、武器としては上等な、逸品の部類になるけれども。
「ミナギはね。カシュウという高弟を、兄のように思ってたそうだよ。他の弟子の中で飛び抜けて腕の良かったカシュウだけが、自分と剣を交える事を厭わず、高みへと導いてくれたって」
もしもカシュウがそう望んでいると知っていれば、ミナギは本家の下に立つ事なんて選ばなかったかもしれない。
カシュウを含めたヨソギ一刀流を大切に思っていたからこそ、ミナギは争いを避ける道を常に選んだ。
それが自分にとって近しい人を苦しめる事になるなんて、欠片も思わずに。
だけどその後悔は、もう遅い。
カシュウという離反者を出してしまった事は、ヨソギ一刀流の、それからミナギの罪だ。
それに対する罰も、既に決定していて、ミナギ以外の他の当主は知っている。
肝心のミナギには、カシュウの首と共にその報せは届くだろう。
今、ヨソギ一刀流の当主が交代して、居なくなってしまうような事態は当然避けたい。
それはヨソギ流の全体が、再び揺らぐ事に繋がりかねないから。
故にその罰が下されるのは、ミナギが次の当主を決めた時になる。
その時に、ミナギは僕と真剣で立ち合う。
これがヨソギ一刀流に、ミナギに下される今回の件の罰だった。
カシュウという、兄のような存在を殺されたミナギは、心のどこかで僕を憎む筈。
立ち合う時に僕を殺す為、彼は自分の才をより磨く。
恨みが正当な物ではないと分かっていても、逆恨みの八つ当たりだと分かっていても、その感情を糧にミナギの剣は先に進む。
当主であるミナギが自分の才を磨いたならば、ヨソギ一刀流はより強くなり、それはヨソギ流の全体に益を齎す筈だった。
もちろんここまで詳しい話は、これから死ぬカシュウには関係のない事だし、わざわざ語りはしないけれども。
それがどうした。
今更後には引けぬのだと、更に表情を固めるカシュウに僕は頷き、剣を構える。
これ以上言葉は、不要だろう。
雄叫びと共に刀を振りかざし、突撃して来るカシュウに、僕は彼の刀の振り下ろしよりもずっと早くに剣を振って、サクリとその首を刎ね飛ばす。
今回の、ヨソギ流で起きた人斬りの事件は、それで全てが終わった。
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