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「それでエイサー様は、そのミナギという方を本当に斬られるお心算ですか?」
今日は東から届いたという米の酒を飲みながら、土産話というには些か血生臭く、話に込める感情も重い、……まぁ半ば僕の愚痴のような物を聞いたアイレナの、最初の一言はこれだった。
あぁ、やはりアイレナには、僕が隠してたそれが、どうやら丸わかりだったらしい。
僕はそれに嬉しくなって、少しばかり気分が上向く。
そう、僕がヨソギ一刀流に、その当主であるミナギに下す罰は、次の当主が決まったならば、真剣で僕とミナギが立ち合う事。
これを本家やヴィストコートの道場は、僕がミナギを殺す心算なのだと受け取ったし、ミナギは僕が彼に復讐の機会を与えたのだと受け止めたと思う。
だけど、そう、アイレナが言う通り、真剣で立ち合ったとしても、結局のところはミナギを殺すかどうかは、僕の意思次第である。
そもそもミナギの感情の矛先も、敢えて僕に向けさせたのだから。
単にカシュウを斬ってお終いなら、ミナギの感情は高弟の、大切に思う友人の不満を見抜けず、導けなかった自分に向かう。
そしてその感情はミナギを、ヨソギ一刀流を腐らせたかもしれない。
故に僕は相談役として、ヨソギ一刀流を更に前へと進ませる為に、ミナギの刃をこちらに向けさせる。
磨かれ、研ぎ澄まされたミナギの刃を、ヨソギ一刀流の次代が受け継げるようにと。
尤も、
「どうかなぁ。ミナギの腕が、殺さなきゃ僕が殺されてしまうくらいに上がっていたら、僕との差が縮まっていたら、殺すかもしれないね」
僕の意思次第とは言っても、必ず思い通りになるって訳じゃないのだけれど。
今のミナギなら、僕は真剣で立ち合っても殺さずに無力化できるし、先日までのミナギが二十年か三十年程の修練を積んでも、やっぱり同じくだ。
但しカシュウを失った今のミナギが、二十年後にどれ程の成長を遂げているかは、僕にも図り切れなかった。
ヨソギの血筋は、剣才に優れている事もそうだけれど、深い想いでその限界を超えてくるから。
その最たるものが、人間の感覚しか持ち合わせないのに、あの剣に辿り着いたカエハである。
或いは大鬼と渡り合ったというヨソギの祖先、ユズリハ・ヨソギもそうだったのだろうか。
だからミナギが僕の予想をはるかに超えて成長する事だって、決してあり得ないと言えない。
もちろん僕は、できればミナギを斬りたくなんてない。
ただそれでも、自分が斬られてしまうくらいなら、僕はミナギを斬る事を選ぶだろう。
僕はヨソギ一刀流の為にミナギの成長を望みながら、殺さねばならぬ程には成長して欲しくないとも思う、不思議な気分だ。
単に我儘なのかもしれない。
「まぁ、斬るか斬らないかはさておき、僕が斬られる事はないよ。それは約束する」
僕は米の酒を口に運び、一口、ごくりと飲み下す。
口の中に広がった味と、鼻に抜けた香りが心地好かった。
あぁ、僕が斬られる事はない。
斬られてしまえば、アイレナとこうして過ごす時間も、予定よりもずっと早くに終わってしまう。
折角あの、世界が終わるかもしれない戦いを生き延びたのだ。
命を、ハイエルフとして生きる時間を失う覚悟で挑む戦いなんて、そう何度も経験しようとは思わなかった。
「そうですか。では私からは何も、言うべき事はありません。お疲れさまでした、エイサー様」
そういって微笑むアイレナに頷いて、僕は酒を楽しむ。
ただまぁ、これからの二十年程は、剣の修練に一層の精を出そう。
万に一つ、ミナギが僕の想像を遥かに超えた成長を遂げても、それでも問題がなくなるくらいに。
だって僕は死にたくないし、できれば、そう、殺したくもないから。
ヨソギ流は、これから先も色々と変わって行くだろう。
ずっと昔は扶桑の地に在って、それがルードリア王国にまで流れてきたように。
道場にはカエハと、ただ一人の弟子である僕しか居なかった時から、大勢の門弟を抱え、貴族の位を授けられる程にヨソギ流は大きくなって、変わった。
きっとこの先も、僕の思わぬ風に変わって行く。
やがて僕が全ての関わりを失う日も、来るかもしれない。
それはやはり寂しく思う。
以前にアイハに言ったように、僕はヨソギ流の子ら、カエハに連なるあの子達を、大切に感じてるから。
大切に感じるのに、自分が斬られるくらいならば斬ろうと覚悟してるのは、実に妙な話だけれども。
もしそこまでミナギが腕を上げていたなら、僕の抱く感情の中には、恐らく少しばかりの嬉しさも混じる。
だから、もしも僕がヨソギ流に関われない、関わるべきでない日が来たとしても……、それでも僕は、彼らの行く末は、きっと気にして見守るのだろう。
手出しをせず、ただ見守るだけであっても。
目は逸らさずに。
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