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 ヨソギ一刀流の道場、それからペレトアの町を出た僕が足を向けたのは、ヨソギの本家が治める事になった領地、ヨソギ領。

 もちろんそこに、カシュウとやらが居るとは限らない。

 僕のところに手紙が届き、更に僕がルードリア王国へとやって来るまでに、更に幾人かの犠牲者が出てる。

 或いはまだ、ミナギのところに連絡が届いてないだけで、今、この瞬間にも新しい犠牲者が出たかもしれない。


 ただ当たり前の話だけれど、ルードリア王国のどこにいるともしれないカシュウを、早急に見つけ出す事は不可能だ。

 カシュウがヨソギ流の剣士を狙うなら、ヴィストコートかヨソギ領、ペレトアの町か、それとも王都辺りに居る可能性は高い。

 また刀で武装した剣士の姿はそれなりに目立つ為、いずれは見付け出せるだろうが、どうしたって今すぐという訳にはいかなかった。


 だから僕には、カシュウを探すよりも先にやらなきゃいけない事を済ませに、ヨソギ領へと向かってる。

 それは、今回の件を僕が預かると、ヨソギの本家と、ヴィストコートの道場に報せる事だ。

 彼らが事情を把握せぬまま、ヨソギ一刀流への報復に出れば、事態は更にややこしくなってしまうから。

 いや、もしくはカシュウはそれを待って、少しずつ犠牲者を増やしながら、身を潜ませているのかもしれない。

 だってカシュウが、本当にミナギに言われる程の剣士であるのなら、もっと大胆に多くの犠牲者を出す事だって可能な筈。

 僕には今の犠牲者の出方が、カシュウがヨソギ流の動きを窺っているかのように感じられた。


 だとすれば、僕がヨソギの本家とヴィストコートの道場に対して今回の件を預かる、つまり両者の動きを止めてしまえば、カシュウの目は僕に向くだろう。

 まぁ、もしそうでなく、これが僕の考え過ぎだったとしても、どのみち報せは入れねばならない。


 この問題が起きたのが、今で良かったと、そう思う。

 いや、問題なんて起きないに越した事はないんだけれど、今であるのは不幸中の幸いと言うべきか。

 何故なら、僕がヨソギの本家を抑えられるのは、恐らく今が最後だからだ。


 貴族となったヨソギの本家が、道場の相談役である僕の言葉に従う必要は、もうない。

 ただ今の当主に関しては、それが決定された時には僕も立ち合い、その後の手合わせで頭を撫でているから、僕の言葉にはまだ重みが残ってた。

 これが次代、更にその次となると、同じようにはいかないだろう。


 カエハが遺し、シズキやミズハが広げて僕に見守って欲しいと頼んだヨソギ流が、僕の手を離れる時を迎えてる。

 そんな風に考えれば、新たな道を歩き出したヨソギ流に、僕は喜ぶべきなのかもしれない。

 でも、やっぱり少し、寂しく感じてしまう。

 我ながら、実にどうしようもないとは思うのだけれども。



 ヨソギ領は、ルードリア王国の東の端、ダロッテから新たに切り取ったズィーデンの地にあった。

 つまりは、そう、再びダロッテとの戦争が起きる時に最前線、ルードリア王国の盾となる場所だ。

 用意された領地を見れば、ルードリア王国が何をヨソギに期待してるのかが良くわかる。


 尤も次の戦いに関しては、ルードリア王国側からダロッテへと攻め入る可能性も決して低くはないだろう。

 今はダロッテも戦いに疲弊しているが、占領したズィーデンの北半分の領土の統治が確固たるものとなれば、抱える戦力は膨れ上がる。

 そうなると次のダロッテの侵攻は、ルードリア王国にとって深刻な脅威となるかもしれない。

 だからこそ、ダロッテが占領したズィーデンの北半分を完全に掌握する前に、ルードリア王国側から仕掛けるべきだと考えるのは、ごく当たり前の話だった。


 その場合、ヨソギに期待される役割は盾でなく槍の穂先か。

 いずれにしても、武家としての役割を求められる事に違いはない。


 さてそんなヨソギ領だが、支配者が変わって然程に時が経たぬ土地にしては、随分と治安が良さそうだった。

 あぁ、でもまぁ、それも当然だろうか。

 ヨソギの抱える剣士、門弟達は精強で、野盗退治もお手の物だ。

 更に以前の支配者、ダロッテはさぞや横暴だっただろうから、新たにやって来たヨソギは、民衆から見れば守護者か解放者にも見えるのだろう。


 もちろん貴族になったばかりのヨソギが抱える問題は多い筈だが、外から見える範囲の統治は上手くいってる様子で、僕は密かに安堵する。

 正直に言えば今のヨソギ、本家の当主は、道場主としては些か足りないところがあった。

 剣才は、流石はヨソギ流の血筋と言うべきか、優れた物を受け継いでいたのだけれど、それを磨き切れていなかったのだ。

 同じ時期にヨソギ一刀流にミナギという傑物が居たから、余計にそう見えたのかもしれない。


 ただ本家の当主は、……あの子は、利発で人を良く見る目を持っていたから、ヨソギ流の益になると考えて、僕は当主になる事に異を唱えはしなかった。

 いや、正直、口を挟む権利はあっても、これまでに当主の決定に異を唱えた事なんて、実は一度もないのだけれども。

 でもこうしてヨソギ領を見て思えば、あの子には、道場の主としてただ剣に生きるよりも、貴族として人を治め導く方が、性に合っているのかもしれない。

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