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僕に問われて訥々と、時に言葉に感情を滲ませながらミナギが語った理由はこうだ。
ミナギには、というよりもそれは先代の頃からの弟子だったからヨソギ一刀流には、カシュウという名の剣士が所属していた。
カシュウはヨソギ一刀流の高弟の中でも抜きんでた実力の持ち主で、ヨソギの縁者でさえあれば後継者の候補として名前が挙がっても決しておかしくはなかった程だったそうだ。
或いは候補が不甲斐なければ、縁者の娘を嫁がせてカシュウを次代の当主にという話も、もしかしたらあったかもしれない。
けれどもヨソギ一刀流には、ミナギという更に飛び抜けて優秀な後継者が居て、カシュウもその才を認めぬ訳がなかったから、次代の当主の決定には誰も異論を挟まなかったという。
まぁ、この辺りは僕もミナギというヨソギ一刀流の後継者を見定める為に道場を訪れたから、半分くらいは知ってる話である。
あの時、ヨソギ一刀流の道場では誰もがミナギが当主になった事を喜んでいた。
もしかするとカシュウという剣士も、顔を見た事くらいはあるかもしれない。
尤も名前に覚えがない以上、紹介されたり名乗られたり、言葉を交わしてはいない筈だが。
だがミナギを当主とした時には問題がなかったが、ある二つの出来事を切っ掛けにカシュウは大きく変わる。
その二つとは、ダロッテによるルードリア王国への侵攻と、それからヨソギ流の本家が貴族となった事。
他国の侵攻から祖国を守らんとルードリア王国軍に参加したカシュウは、そこで大きな功績を挙げ、傷を負いながらも生還した。
当然ながら敵に血を流させ、自らも血を流したカシュウにはルードリア王国からそれなりの褒章があったそうなのだけれど、カシュウは自分よりも遥かに大きな褒賞を、他人が受け取るところを目にしてしまう。
そう、王都の道場が、ヨソギ流の代表として貴族の位を授けられるところを。
王都の道場に、戦場でカシュウよりも活躍をした剣士は居ない。
それが事実かどうかはわからないが、カシュウはそう主張したそうだ。
にも拘らずヨソギ流を代表して王都の道場が最も大きな褒賞を受け取る。
そんな事があっていいのか。
ヨソギ流を代表するなら、自分の活躍から見ても、当主の実力から言っても、ヨソギ一刀流こそが相応しい筈だと。
けれども、ヨソギ一刀流であるミナギは、誰よりも早くに王都の道場こそをヨソギ流の本家であると認め、分家としてそれを支えると宣言した。
もちろんそれは、ヨソギ流が内で相争う事を防ぐ為。
しかしカシュウにとっては裏切り行為に他ならなかった。
高弟としてヨソギ一刀流を支え、戦場で血を流して祖国に尽くした、自分への裏切り行為に。
カシュウはミナギへの批判を道場内で口にし、それを聞いて咎めた他の弟子を数名切り殺し、姿を眩ませてしまったという。
『俺の刀で全てを正す』
と、そんな風に言い残して。
それまでヨソギ一刀流に忠実だったカシュウの凶行に、誰もが言葉を失った。
いや或いは、戦場で多くの人を斬り、また自分も傷を負ったという経験が、カシュウの心を大きく歪めてしまったのかもしれない。
そしてそれから程なくして、ヴィストコートでヨソギ流の弟子が斬られ、また暫く後に今度は貴族となった本家の領地で、従士となった弟子が斬られる事件が起きる。
骸となった犠牲者は、切れ味の鋭い特徴的な武器で、一撃で身体を半ばまで断たれて殺されていたそうだ。
そう、刀による犯行である事は、誰の目からも明白だった。
つまりはヨソギ一刀流に、その犯行の疑いは掛かる。
まぁ、実際に犯人はヨソギ一刀流の弟子だったのだから、疑いというか、紛れもない真実であるのだろうけれども。
ただこれは実に不味い事態である。
ミナギが、ヨソギ一刀流がいち早く本家の下に立った事で、ヨソギ流の争いは回避された。
そのヨソギ一刀流が実は不満を抱えていて、今回のような凶事を起こしたとなれば、回避された筈の争いが再び蒸し返しかねない。
「私がカシュウを探し出して斬っても、一度ばら撒かれた疑心暗鬼は消えぬでしょう。またカシュウも最終的には私を斬りに来るでしょうが、逆に言えばそれまでは決して私の前に姿を見せないと思われます」
あぁ、なるほど、だから僕を呼んだのか。
自分が、ヨソギ一刀流が割を食ってでも、ヨソギ流が相争う事を防ぐ為に。
「どうかカシュウを見付け、斬り、しかる後にヨソギ一刀流に相応しき罰をお与えください。そうする事でしか、ヨソギ流の争いは防げません」
確かに僕が犯人、カシュウを斬ってヨソギ一刀流に罰を下せば、本家もヴィストコートの道場も納得せざるを得ないだろう。
それは確かに、ヨソギ流の相談役の領分だ。
またカシュウも、僕が現れたとなればきっと無視はできない筈。
ヨソギ流の道場では、当主の決定にすら口を挟む権限を、相談役は有してる。
僕に認められたなら、或いは僕を斬り殺してしまえたなら、誰も自分の言葉を無視できない。
凶行に走ったカシュウなら、そんな風に考えてもおかしくはなかった。
ただ僕が一つ思うのは、
「……まぁ、そうだねぇ。ミナギ、君がそうして欲しいなら、僕は相談役として要請を受けよう。ただ、君は本当に難儀な、損な性格をしているね」
ミナギはどこか、僕の鍛冶の弟子だったソウハに似ているなって事。
ソウハは、ヨソギ一刀流の道場を創設したアイハの伯母だ。
『私はお姉ちゃんだから』と、そう言って迷わずに弟を支える道を選んだ彼女を、ミナギはどこか思わせる。
逆にアイハは、そりゃあもう破天荒だったから、今回のような事件が起きたら、真っ先に飛び出して自分の手で片付けただろう。
他の目を気にする事なく、自分の為すべきを為した筈。
あぁ、いや、そう考えると、ミナギはソウハとも違うか。
同じような事があれば、ソウハも僕を頼ったかもしれないけれど、けれど責任の取り方は違う筈だ。
何というか、そう、剣士としてはともかく、今のミナギは、……僕には少し物足りなく、それから惜しくも思う。
若い頃から才を示し、そう在れと育てられたからだろうか、ミナギは役割に忠実過ぎるし、真面目過ぎるし、渇望が薄くて綺麗過ぎた。
カエハのように意固地なまでの情の深さ、シズキのように自らを示して受け継いだ道場を大きくするのだという欲のような、強い何かをミナギは持っていない。
要するに彼は、小さく纏まって完成されてしまってる。
何か一つ持っていれば、殻を破ったミナギはもう一つ上に行けるかもしれないのに。
でもそれは、他人から与えられる物じゃなく、自分で見つける物だろう。
僕が何かを与えたとして、それはミナギを更に小さく纏めてしまうだけ。
まぁ取り敢えず、頼まれた仕事を終わらそうか。
「じゃあ最後に、もう一つだけ聞かせて欲しいんだけれど、ミナギにとって、カシュウはどんな人だった?」
ふと思い付いた僕はそう問うて、その答えに満足し、ヨソギ一刀流の道場を後にする。
さぁ、一体どうやって、カシュウとやらを見付け出そうか。
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