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 東部では、草原を統一した大部族が黄古帝国に攻め込み、大決戦の果てに撃退されたらしい。

 撃退された大部族の名前は、風と炎を崇めるバルム族。

 ……そう、以前に僕が大草原を訪れた時に滞在した、あの時は滅ぶ寸前だったバルム族だ。


 僕はその話を聞いた時、嬉しくもあり、悲しくもあった。

 今のバルム族がそんなにも大きくなったなら、あの後、きっとツェレンは色々と上手くやったのだろう。

 風を崇めるバルム族ではなく、風と炎を崇めるバルム族となってる辺り、その隣にはジュヤルが居たのかもしれない。

 そう思えば、僕は嬉しい。


 だけどその結果、大きな争いが起きた事を、僕は口惜しく思う。

 尤もあれから百年くらいは経っているし、関わり続けた訳でもないのだから、そんなのどうしようもない話なのだけれど。


 西部では連合軍を母体とした多種族国家が誕生して権勢を誇ってる。

 そしてその多種族の一つには、以前は連合軍と争っていた相手である人間も含まれていた。

 国の名前は、サバル帝国。

 多種族を纏める為に、ウィンが選んだ統治体制は、皇帝が絶対的な権力を握る帝政だ。

 恐らくは、否、間違いなく、ウィンが絶対的な権力を握ってるからこそ、多種族の一つに人間を含める事ができたのだろう。

 本当にあの子は、相も変わらず険しく困難な道を歩いてた。


 西中央部では、多くのエルフが故郷の森に戻ったが、一部はシヨウに留まって、そのまま国を維持してるそうだ。

 再び以前のようにエルフと人間が争わぬよう、人間に対する窓口として、或いは万が一の時、エルフが逃げ込む場所として、シヨウの国は在り続ける道を選ぶ。

 それがあの地に住むエルフ達の選択だった。

 今もその中心には、レアスとテューレが居る。

 何しろ彼らもエルフだから、生きる時間はそれなりに長い。


 最後に東中央部だけれど、やはり情勢は大きく変化してる。

 やっぱり東中央部が、僕の一番詳しい場所だから他に比べると細かな話になるけれど、まず小国家群は、もう存在していない。

 元々小国家群は、外部からの侵略に対しては結束が固かったが、それがない時期は都市国家同士が揉める事も決して少なくはなかった。

 また以前に東中央部がズィーデンの誕生によって荒れた時期、小国家群内で発生していた統一が必要だとの論調が、一部の都市国家に形を変えて長く残っていたらしい。


 ある時、小国家群内でも高い軍事力を持つ国の一つが、暫しの平和が続く今だからこそ、小国家群は統一されて一つになるべきだと言い出す。

 もちろんそれはこれまでにも何度も論議された意見であり、その度に何らかの理由で実現は不可能だと却下されてきた。

 しかしその時は、小国家群内でも最も特殊な都市国家といえる魔術都市、オディーヌが統一論に同調し、高い軍事力を持つ国はオディーヌの協力の下に従わぬ都市を力で併合し始めたのだ。


 軍事力に魔術の力が合わされば、突然の侵攻に慌てふためく他の都市国家など物の数でなく、ツィアー湖の北側は瞬く間に新たに生まれた統一国家、アザレイに飲み込まれる。

 だがツィアー湖を挟んだ南側は、湖と河川の存在が故に侵攻が遅れ、団結してアザレイに対抗する時間を得られた。

 尤もバラバラの都市国家のままでは、いずれはアザレイの前に全てが飲み込まれてしまうだろうと、南側の都市国家もまた一つになる道を選び、南アズェッタ王国が誕生する。


 この時、本来ならば常に小国家群を脅かしていたダロッテは、不思議とアザレイの背後を突いて侵攻する事はなく、その代わりと言っては何だがズィーデンに侵略戦争を仕掛けていた。

 更に同時期、ズィーデンの南部、元々はカーコイム公国の領土であった場所では独立を求めた反乱が起こったらしい。

 その結果、ズィーデンは北半分をダロッテに、南半分を新たに独立して生まれた新興国家、フォーレスタに食われて滅ぶ。

 けれどもダロッテの侵攻はズィーデンを食い荒らしただけでは終わらずに、次はルードリア王国に狙いを定める。

 ダロッテがそこで新興国家であるフォーレスタを狙わずに、古い大国であるルードリア王国に攻め入ったのは、恐らくはダロッテとフォーレスタの間には、ズィーデンを滅ぼす以前から何らかの繋がりがあったのだろう。


 しかし古くから大国、強国とされてきたルードリア王国はやはり強く、またヴィレストリカ共和国が後方から支援を行った事もあって、勢いに乗っていたダロッテの侵攻もそこで食い止められる。

 元より新たに得た地を支配しながら、奪いながらの侵攻は、長く続くものじゃない。

 ルードリア王国はダロッテが侵略していたズィーデンの地を逆に少し削り取り、両国の争いは一旦終わってる。


 それから、これは国と国との情勢の話ではないのだけれど、……僕にとって一つ大きな出来事がその時あった。

 戦争になり、多くの優秀な戦士を必要としたルードリア王国が、それを数多く輩出していたヨソギ流の功績を称え、領地を与えて貴族としたのだ。

 貴族として国に仕えさせる事で、ヨソギ流の剣士達を余さず、次の戦争に活用する為に。

 本来なら戦には、剣や刀よりも槍の方が有用だろう。

 だが鍛え上げられた剣士の力は、そんな武器の優位も覆すから。


 ダロッテの主戦力、重装騎兵を相手に上回る剣士なんて、冗談のような話にも聞こえる。

 でも僕の前に重装騎兵の部隊が現れても、剣があれば斬れると思うし、逆に一騎の重装騎兵にすら手も足も出ないようなら、ヨソギ流の剣士としては未熟だと言わざるを得ないだろう。

 この辺りは、前世の記憶にある常識と、今の僕の持つ常識がとてもちぐはぐだ。


 もちろん貴族となったのは王都にあった大元の道場のみであり、他の二つの道場は分家として協力する形を取るだけで、ヨソギ流の道場がなくなってしまう訳じゃない。

 それにずっと昔、ヨソギ流が扶桑の地にあった頃は、薄明の国という小国に召し抱えられてる形を取ってたらしいし、国から領地を与えられて貴族となるのは、祖先の無念を晴らした、本懐を遂げたとも言える。

 ただ僕は、……僕が任されていたのは道場の相談役であり、貴族家の相談役ではなかった。

 例えば、凄く当たり前の話だけれど、流派の相談役として道場の当主を決める際に口を挟めても、貴族家の後継を決める事に口を出すべきじゃない。


 王都の道場は引き払われ、ヨソギ家は新たに得た領地に居を構えてる。

 彼等の祖先の、カエハの墓も同じくその場所に。

 戦争ともなればルードリア王国が戦力を欲するのは当然だし、ヨソギの本家が貴族となったのも、きっと喜ぶべき事だ。

 なのに、繋がりが一つ絶たれたみたいに感じて、感傷的になってしまうのは、僕の我儘なんだろうか。

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