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 精霊による決着を望まず、僕は改めてリリウムと向かい合う。

 けれども相対する彼女の顔には、恥辱と強い怒りが浮かんでた。


「このっ、馬鹿にしてっ!」

 どうやらリリウムは、僕が圧倒的に有利な立場で勝敗を決めず、再び対等の条件で戦おうとしているのが、酷く気に食わないらしい。

 まぁ、それはそうだろう。

 何しろ先に精霊の、……いや、僕はあれをまだ精霊と認めたくないから、死した南の大陸のハイエルフ達の助力を、先に持ち出したのはリリウムだ。

 要するに彼女は対等の条件でなく、有利な立場で僕に勝とうとした。


 けれども、そこまでして勝とうとしたにも拘らず、その有利は返されて、更に僕からは改めて対等な条件での勝負を挑まれる。

 そりゃあ気に食わなくて当たり前だろう。

 精霊の干渉がなければ、僕は勝てると言っているも同然だから。

 実際、彼女の弓の腕は悪くはないが、僕の命には届かず、こちらは剣も魔術も扱える。

 それから剣を振ったり鍛冶をしたりで鍛えてるから、素手での殴り合いでなら、僕はハイエルフの中では一番強い自信もあった。


 だけど一つだけ、リリウムが勘違いしてるのは、馬鹿にしてるのは僕じゃなくて、復讐の為に手段を選ばなかった彼女自身だ。

 自分で自分の誇りを貶めてるだけで、そんなの僕には関係がない。


 だから僕はリリウムの言葉に取り合わず、足で踏んで土に覆われた足場の感触を確かめた。

 真なる竜達の硬い鱗も悪くはなかったが、僕にはやはり土の方が具合がいい。

 さっきの剣はカエハの背に指先がどうにか届いた程度だったけれど、今ならもう少し、掌が届くくらいには、前に進んで剣を振れるだろう。

 そんな予感がしてる。


 あぁ、でもそんな事をしたら、リリウムを殺してしまいかねないから、……それはもう暫くお預けか。

 自重しようと笑った瞬間、強い怒りと共に放たれた矢を、僕は魔剣で切り払う。

 余裕のない、感情に撃たされている矢は、その軌道も読み易い。

 鋭い一射ではあったけれど、精霊が宿る風や水に比べたら、斬る事はとても簡単だった。


 次々に放たれる矢を全て魔剣で払って落としながら、僕は歩いて間合いを詰めていく。

 勝負を急がないし、油断もしない。

 恐らく彼女は、まだ何かを隠し持ってる。

 何故なら、リリウムはこの状況になっても、北の大陸を焼き尽くし、人間を滅ぼす事を諦めていない。

 どうにかして僕を倒し、黒檀竜を動かして、北の大陸へと向かおうとしていた。


 いや、もちろん、感情に突き動かされてるだけで、冷静になれていないだけなのかもしれないけれど、それでも僕には、何か拠り所になるものを、或いは憎しみの源となるものを、隠し持ってる風に思えたのだ。

 例えば死んでしまった彼女と親しいハイエルフから伝えられた何らかの技だったり、黒檀竜の下へと向かう道中に身に付けた何かだったり。

 ……或いは人間から奪った、同胞を殺した武器だったり。


 近付く僕に弓と矢を捨てたリリウムは何かを投げつけ、同時に自身もこちらに向かって駆け寄って来る。

 投げ付けられたのは、封をされたガラス瓶に入った、何らかの液体。

 酸? 毒?

 中身が何かはわからない。

 けれども恐らく危険物であろう中身を漏らさず、密閉して持ち歩けるだけの頑丈さを持ったガラス瓶の存在は、僕にとっても驚きだった。

 それを作れるだけの文明を、南大陸を統一した帝国の皇帝、僕と同じく前世の記憶を持ったハイエルフは作り出していたのだ。


 尤も投げ付けてきた以上は、流石に大きな衝撃を受ければ割れるのだろうけれど、剣の切っ先を飛来するガラス瓶にそっと添え、壊さずに払って遠くへ放る。

 リリウムのその攻撃は、必ずしも悪手とは言えなかった。

 もしも彼女の切り札がさっきのガラス瓶なら、放らずに中身だけを僕に対してぶちまければいい。

 だがそうしなかったのは、そのガラス瓶は見せ札で、本命の攻撃は間近に迫ったリリウムが懐から抜いた、拳銃での一撃だったから。

 やはり彼女は仲間が殺された武器、銃を憎しみの、もしくは恐怖と力の象徴として、隠し持っていたのだろう。


 しかもその拳銃は、精緻な装飾が施された回転式拳銃リボルバー

 撃鉄が弾丸を叩いた衝撃で爆発を起こし、射撃を行う連発が可能な拳銃だ。

 どう見ても一般の兵が持ってるような代物ではないけれど、問題はそこではなく、回転式拳銃が撃てるのなら、南の大陸では雷管までもが開発されてた事になる。

 つまり衝撃で爆発する高性能な火薬があったという事で、南の大陸で争いに使われた銃や火砲はかなり脅威度の高い物だったのだろう。

 仮に全く違う仕組みで弾丸を飛ばしてるにしても、高度な技術である事に違いはなかった。


 しかしそれでも、それがどうしたと言わざるを得ない。

 たとえ銃や火砲がそれなりに進んだ物であっても、初見でなければ、更に油断さえしてなければ、ハイエルフが大敗を喫する代物じゃないのだ。

 強い武器、兵器を持った軍隊であっても、自然環境の力には遠く及ばないのだから。


 故に僕は、敢えてリリウムが隠し持ってた拳銃を使わせた。

 風や水に宿った精霊を斬る事に比べれば、拳銃の弾丸を剣で逸らす事くらい、やっぱり難しくはない。

 そもそも、仮に失敗したとしても、僕の身に纏う外套には黄金竜の鱗が仕込まれている。

 単なる拳銃でその鱗が貫ける筈もないのだから、言っちゃあ悪いが実に気楽だ。


 弾丸はサクリと斬っても推進力は死なないから、弾き逸らして明後日の方向に飛ばす。

 魔術による強化を施されてる魔剣は、弾丸を弾いても僅かな痕しか残りはしない。

 要するに、この世界で銃なんて武器は、その程度の存在でしかなかった。

 確かに手軽で強力ではあっても、それを越える手段は幾らでもある。

 いや、僕の魔剣に僅かであっても痕を付けただけ、大したものではあるのだけれども。


 そしてそのまま、間近に迫ったリリウムの、手に持っていた装飾の施された回転式拳銃を、上下に真っ二つに切り裂く。

 仲間を殺した憎しみの源ではあっても、同時に仲間を簡単に殺してしまった力の象徴でもあった銃を、目の前であっさりと壊されて、驚きに見張ったリリウムの瞳に、僕はピタリを魔剣の切っ先を突き付けた。


 これで、この件は本当に決着だ。

 北の大陸は滅ばず、南の大陸が復興した後は、雲の上に匿われた少数の人間が、再び地に戻るだろう。

 もちろんその後、南の大陸で人間がどんな風に扱われるのかは、また別の話だが。


 ……僕が剣を引けば、力尽きたように項垂れて膝から崩れ落ちるリリウムを見て、ふと思う。

 あの回転式拳銃は、もしかしたら南大陸を統一した帝国の皇帝、僕と同じく前世の記憶を持ったハイエルフの持ち物だったんじゃないかと、そんな風に。

 だとしたら、リリウムは何故それを持っていたのか。

 奪ったのか、それとも渡されたのか。

 渡されたのなら、彼女は戦いを生き延びたんじゃなく、生かされたんじゃないのか。

 他のハイエルフ達とは違って。


 だからこそ生き残った他のハイエルフは逃げたのに、リリウムは一人で黒檀竜を目覚めさせざるを得なくなった。

 死したハイエルフ達の憎しみに突き動かされて、罪悪感と怒りと共に。

 そんな風に、何故だか考えてしまったのだ。

 もちろん、そうだとしても今更何も変わる事はない。


 騒動というのは、規模が大きければ大きい程に、後始末はとても大変になる。

 差し当たっては、……北の大陸に帰ったら、急に僕が居なくなって心配してるだろう人々に、どうやって上手く説明、或いは誤魔化すかが、実に頭の痛い問題だった。

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