307
人間にはどう足掻いても不可能な時間を、僕は剣を振って積み上げた。
そして最近……、といっても十年くらい前なのだけれど、ふと気付いた事がある。
僕の剣はカエハの剣だ。
彼女が剣を振って切り開いてくれた道を、僕は歩いてその背を追ってる。
そしてカエハは、これは自惚れでもなく単なる事実なのだけれど、シズキに当主を譲ってからは、僕に伝える為に剣の技を練っていた。
だから言い方を変えると、カエハの剣は僕の為の剣なのだ。
ならば最期の時にカエハが見せてくれた剣、全てを断つかの如き極みの剣も、僕に伝える為に練ったのだろう。
彼女はあの極みの剣が、僕に必要になるかもしれないと考えて、動けぬ身体になっても練り続けた。
では一体、極みの剣は何に使う剣なのか。
ヒントは、カエハと過ごした時間を思い出せば、あちらこちらに転がっている。
彼女は、時に精霊の気配を感じているのかと思うような行動を取る事があった。
例えば、まるで本当に風の報せを受け取っているかのように、僕の来訪を察したり。
出会ったばかりの頃はそうでもなかったのだけれど、僕が精霊の存在を教え、カエハの目の前で精霊と話をしたりしてたからだろうか。
見えてない、声も聞こえてないのは確かなのだけれど、気配だけは察していたのかもしれない。
ただ僕にとっては絶対的な味方である精霊も、カエハにとっては必ずしもそうとは見えなかったのだろう。
僕はカエハが練り続けて最期の時に見せた剣を、ずっと追いかけながらも再現できないでいる。
でも考えてみればそれは当たり前の話だ。
だって僕には、それを斬るなんて発想は、とてもじゃないが持てなかったから。
そう、カエハが最期に遺した剣は、精霊やそれが宿る自然現象を、目に見えぬ何かを斬る剣だった。
精霊と深く関わる僕の為に、不要であるならばそれでもいいと。
だからこそ、あの時に振るわれた剣が、僕には全てを断つように感じられたのだ。
今、僕の前には、精霊であって精霊でない存在、死して憎悪に囚われたハイエルフがいる。
カエハがこの事を予測してたなんて筈はないのだけれども……。
多分、今なら僕にもあの剣が、きっと再現できるだろう。
魔剣を抜いて構えた僕を見て、リリウムの唇が嘲るように歪む。
どうやら彼女には、僕が窮して破れかぶれになったように見えるらしい。
まぁ剣を触った事もないだろうハイエルフには、そう思えて当たり前である。
だけどリリウムの浮かべる表情は、彼女にはあまり似合ってなくて、痛々しいと感じてしまった。
確か、さっき聞いたリリウムのもう一つの呼び名は、百合の花。
百合の根には、毒を持つ物もあるらしい。
だが彼女が見せるその毒は、本当にリリウム自身の物なのか、周囲に浮かぶ死したハイエルフ達を見ていると、どうにも怪しく思ってしまう。
尤もいずれにしても、僕がやるべき事は変わらない。
いや、もうリリウムの事情を、慮ってる余裕なんて僕にはないのだ。
「エイ、ダー、ピットス、ロー、フォース!」
正確な発語と共に魔力を放出し、僕は火球を撃ち出した。
爆裂する火球の魔術。
僕が知る中でも攻撃力の高い部類に入るこの術は、着弾した火球が大きな爆発を起こす。
咄嗟に風が動くのを感じたから、リリウムの身は死したハイエルフ達が守ったのだろう。
しかしそれでも、互いの視線は爆発による煙で遮られた。
すぐさま風が煙を吹き散らすが、その時にはもう僕は動いてる。
間合いを詰めていた僕に、リリウムが後ろに跳び去りながら死したハイエルフ達に乞い、無数の風や水の塊を放つ。
だがその攻撃は、僕の予測の範疇だ。
「ズー、ヴォクル、ダ、パー、ヴィーク!」
既に準備していた発語により、僕の前には魔力の障壁が展開され、散弾のような小さな風や水の塊を弾く。
するとリリウムは、すぐさま風や水を大きく集めて、強く重い攻撃で、障壁ごと僕を叩き潰そうとする。
魔術の力は、精霊術には及ばない。
これは魔術を習う前から、幾度となく聞かされた言葉で、ましてやそれがハイエルフによるものなら尚更だ。
展開した魔力の障壁は、風と水の巨塊にあっさりと叩き割られて、……けれどもそうなる事なんて、最初からわかってる。
これこそが、僕の狙ってたタイミングだった。
風と水の巨塊には、死した南の大陸のハイエルフが、それぞれ一人ずつ宿ってる。
憎しみに満ちた目で、小生意気な邪魔者を叩き潰そうと、睨み付けてる怨霊が。
だけどもう、その視線は気にならない。
友である精霊でないのなら、この魔剣を向けるに、何の躊躇いも生じないから。
むしろ僕の胸は、漸くこの剣技を試せる時が来たのかと、期待感と喜びで満ちていた。
そして僕は、魔剣を振るう。
動きはもう、身体に染み付いている。
何せ、それを真似ようと、無数に繰り返した。
足りなかったのは、意味を理解し、その結果を欲する心構えだ。
上手さと美しさは欲しても、強さを求めなかったあの時のように。
思い返せば、僕に足りないのは何時だってそれだった。
ここに来るまで随分と掛かってしまったけれど、だからこそ時間を積み重ねて振り続けた剣技は、決して僕を裏切らない。
だって僕が模倣を続けたこの剣には、既にカエハが宿っているから。
『ここが私の、カエハ・ヨソギの、剣の道の、人生の果て』
あの声が、僕の耳にもう一度聞こえたような気がした。
脳裏に浮かんだあの姿と全く同じに振られた剣は、スッと風も水も斬り裂いて、それに宿っていた二人の死したハイエルフにも届く。
ハイエルフの不滅の魂、既に精霊と化した彼らに滅びはない。
ただそれでも、斬られたという感覚と衝撃は、とても明確にあったのだろう。
二人の僕を見る目は憎悪から驚きと恐怖に変わっていて、目が合えば、大急ぎでどこかへと消えてしまった。
一時であれ、憎悪よりも他の感情が上回ったのなら、もうそれで十分だ。
どこへ行ったのかはわからないけれど、やがては他の精霊に混じり、世界を支える流れの一部になるだろう。
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