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 黄金竜の話によると、彼の目覚めは南大陸の真なる竜である黒檀竜からの要請によるものだったらしい。

 曰く、南大陸を統一した人間の帝国によって、大勢のハイエルフが殺された。

 そして生き残りのハイエルフの一人が黒檀竜を目覚めさせ、南大陸は既に焼き払われたという。


 だが話はそこで終わらずに、

『以前、ハイエルフに大きな被害を与えた魔族は種として根絶された。ならば今回、ハイエルフを多く殺した人間も、種として根絶されるべきだ』

 ……と、そのハイエルフは主張したそうだ。

 恐らくそのハイエルフは、目覚めた黒檀竜との会話により、過去の世界のリセット、終焉について知ったのだろう。


 その発言が、ハイエルフの人間に対する復讐心から出た物か、それとも本当に人間を危険視したからかは、わからない。

 けれども黒檀竜はその言葉に一理を認め、巨人と、北の大陸の真なる竜である黄金竜に要請を出した。

 即ち、巨人に対しては雲の上に匿った人間の処分を。

 黄金竜には、北の大陸を焼いて終焉を招く事を。


 しかし巨人は、黒檀竜の要請に対して異を唱える。

 どうしても一つ、納得いかない事があると。

 多分、先程の話を聞けば、きっと誰もがその疑問は抱いた筈なのだ。

 一体どうすれば人間がハイエルフを害せたのかと。

 それも一人や二人じゃなく、大勢のハイエルフを。


 雲の上から北も南も大陸を見ている巨人は、その答えを知っていた。

 故に黒檀竜の要請には、もっといえば、黒檀竜を目覚めさせたハイエルフの言葉には大きな誤りがあると指摘したそうだ。


 そもそも南大陸を統一した帝国は、確かにそれを構成する主な種族は人間だが、頂点に立っていたのは人間じゃない。

 多くの人間達の上に皇帝として君臨していたのは、故郷の聖域を飛び出した一人のハイエルフ。

 それも僕と同じく、前世の記憶を持ったハイエルフだったという。


 あぁ、僕が雲の上に行った時、

『森を出たハイエルフ達は、世界という水面に大きな波紋を起こす岩だ。その波紋は我らにとって実に興味深い観察対象となる。故に君達の旅立ちは、最初から目にしていた』

 巨人は君達の旅立ちと口にした。

 僕以外にも深い森を出たハイエルフがいるのかと疑問に思っていたけれど、あの言葉は、南大陸で皇帝となったハイエルフの事を言ってたんだろう。

 きっと巨人は僕よりも、その皇帝を注視していたに違いない。


 とある人間の国を、力と寿命で支配したそのハイエルフは皇帝を名乗り、国力を増強し、爆発で金属の礫を打ち出す武器、銃や火砲を作り、圧倒的な軍事力で南大陸を制圧した。

 ヴィレストリカ共和国で聞いた、南大陸を支配した帝国が大陸間の貿易を禁じた理由は、……恐らく銃や火砲の伝搬を防ぐ為だったんじゃないだろうか。

 だとすれば、皇帝はいずれは北大陸にも攻め込む心算だったのかもしれない。

 或いは、自分の狂気に南大陸以外を巻き込む気がなかったのか。


 いずれにしても南大陸を統一した皇帝は、自分の故郷であるハイエルフの聖域に攻め込む。

 皇帝が、故郷のハイエルフ達と一体どんな確執があったのかはわからないが、その戦いに勝利したのが、皇帝が率いる帝国だったという訳である。

 つまりその戦いは、ハイエルフ同士の戦いだったと、巨人は主張しているのだ。


 うん、僕も巨人の意見に賛成だった。

 というのも、人間が銃や火砲を用いたところで、余程に油断してない限り、ハイエルフに犠牲者が出るとは思えない。

 仮に僕なら、人間だけなら銃を持った大軍が相手でも、一人でどうにかしてしまえる自信はある。


 ハイエルフ側が敗北したのは、人間を見下して油断し切っていた事に加え、相手に同じハイエルフが居たからだ。

 例えば銃による一斉射撃を防ごうとした所を、ハイエルフである皇帝が精霊に不干渉を願う。

 非常に雑な想像だけれど、大きく間違ってはいない筈だ。

 これならハイエルフ側に多くの犠牲者が出て敗走する。

 何しろハイエルフは、自分達が傷付く事を全く想定してなかっただろうし。


 しかしそれにしても、可哀想なのは精霊だった。

 自分達が不干渉の願いに惑った間に、目の前で大勢のハイエルフが殺されてしまったのだから。

 ……その皇帝は、そんなにもこの世界が嫌いだったのだろうか。


 皇帝は、南大陸の真なる竜、黒檀竜によって焼かれたそうだが、精霊になる事はなかったそうだ。

 もしかすると皇帝は最初から、それが目的で凶行に及んだのかもしれない。

 この世界に精霊として縛られる事を嫌い、不滅の存在をも脅かす竜の炎に焼かれる為に。

 一体どうやって竜を知り、終焉を知ったのかは、わからないけれども。



 巨人は黒檀竜の要請を拒んだが、しかし彼らが匿った人間がどうなるかは、黄金竜の判断に掛かっていた。

 黄金竜が黒檀竜に同調すれば、流石の巨人も匿った人間を守り切れない。

 守護者である真なる竜に人間の存在を拒絶されれば、どちらの大陸にも戻す事ができないからだ。


 そして黄金竜は、僕との問答を経て、……いや、何となくだけれど、最初から答えは決めてた気もするけれど、黒檀竜の要請を拒絶する。

 けれどもこの話は、これで終わった訳じゃない。


 黒檀竜の、というよりもそれを目覚めさせたハイエルフの目的は、人間の根絶だ。

 それを巨人や黄金竜に拒絶されたからといって、果たして素直に諦めるだろうか?

 何しろそのハイエルフは、黒檀竜の力を借りて南大陸を焼く事には成功してしまっている。

 巨大な力を借りられてしまってる今、強硬策に出る可能性は高い筈。


 また黄金竜もそれを予測しているからこそ、僕の意思に助力すると宣言した。

 つまりは、そのハイエルフを乗せて北の大陸を焼きに来る黒檀竜との、敵対宣言である。

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