三十章 世界の終わりは突然に
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僕とアイレナが雲の上、巨人の世界から戻って、……もう四十二年が経つ。
今、僕はヴィレストリカ共和国の、サウロテの町にある屋敷で暮らしてる。
いや、どうしてサウロテで、しかも大きな屋敷なんかで暮らしてるのかと言えば、まぁ四十二年間も過ぎれば、結構色々とあったのだ。
流石に細かな所を語り出せばキリがないから、大雑把に説明すると、僕は大量に増えたアイレナの仕事を手伝って、エルフのキャラバンと行動を共にしていた。
まぁ増えたというか、僕が増やしたんだけれども。
但し以前も述べたように、東中央部だけで活動するならともかく、西中央部、西部にまで手を伸ばして同胞を助けようとすれば、キャラバンなんて規模ではとてもじゃないがその荷を背負えない。
例えば、西中央部、西部に行くには船だけじゃなくて、それを動かす船員が必要で、人を雇うなら養えるだけの稼ぎが必要だ。
稼ぐ為にはより多くの荷を、より多くの人へ届けなきゃならなくて、荷の管理、運び手、給与を計算する事務等、更に多くの人を雇わなきゃならない。
故にエルフのキャラバンは、その規模を一気に拡大する事を決める。
元よりアイレナがしっかりと運営してたから、エルフのキャラバンは資金には大きく余裕があり、また僕が大陸の全ての地域に強いコネを持ってたから、交易を行えば稼ぐ当てもあった。
ただ船と、船を運用する人材と、とにかく人手が足りなくて、……そこで船も、船を運用する人材も、荷の管理も運び手も、給与を計算する事務も全てを持っていた、人間の商会を吸収する事になったのだ。
というのも、ヴィレストリカ共和国の強みは商業で、特に南方大陸との交易が巨大な利益を生む。
だがその南方大陸が巨大な帝国に統一されて、大陸間の交易を禁じてしまったらしい。
以前にもチラリとそうなるかもしれないって話を聞いた事があったけれど、まさか実際に大陸が統一されてしまうとは驚きだ。
もちろんヴィレストリカ共和国は東部や西部、西中央部といった他の地域との交易もしていたから、即座に国が傾くような事態にはならなかった。
しかし国は傾かずとも、南方大陸との交易を主としていた商会や、そんな商会を取り纏めていた名家は、交易相手を急には切り替えられずに窮地に陥ってしまう。
あぁ、ちなみに名家とは、ヴィレストリカ共和国の議会に議席を持つ有力者の事である。
またその窮地に陥った名家というのは、僕も名を知るトリトリーネ家。
そう、僕がサウロテの町の大きな屋敷で過ごしているのは、エルフのキャラバンがトリトリーネ家が取り纏めていた商会を、名家ごと取り込んでしまったからだった。
尤も、別にエルフのキャラバンが強引な手段でトリトリーネ家を破滅させたという訳じゃない。
彼らには仕事がなく、事態を打開する為の金もコネもなかった。
だからそれらを持っているエルフのキャラバンに、自分達を売ったのだ。
商人らしく、できる限りの大きな利を求めて、彼ら自身の意思で。
この事は、当然ながらヴィレストリカ共和国でも大きな話題になる。
何しろヴィレストリカ共和国を運営する議会に参加する権利、議席をエルフのキャラバンが一席とはいえ得てしまった。
つまりエルフがその気になれば、ヴィレストリカ共和国の国政に関与できてしまうのだ。
これには当然ながら、ヴィレストリカ共和国も相当な脅威を感じたらしい。
もちろんたった一つの議席では、ヴィレストリカ共和国の政治に大きな影響はないだろう。
だが余所者が議席を得たという前例ができたなら、それに続く者が出ないとは限らない。
例えばヴィレストリカ共和国には、生産者を取り仕切る名家もある。
その生産者を取り仕切る名家を、最近はエルフのキャラバンと関係の深いドワーフが乗っ取ろうとしたなら?
ドワーフの性格から考えて、そんな行動に出る可能性は低いけれども、しかしいざ行動に出た場合には、それは決して不可能じゃなかった。
とはいえ、今回のエルフのキャラバンによるトリトリーネ家の吸収は、決してヴィレストリカ共和国の法に反した物ではない。
むしろヴィレストリカ共和国にとっては、大量の失業者を出さずに済んで助かったとさえ言える。
その結果に後から文句をつけるなんて真似は、取引に対しては誠実なヴィレストリカ共和国の為政者達には、とてもじゃないができない事だった。
故に今回のエルフのキャラバンが議会の議席を得た件に関してはそのまま認め、けれどもこれ以上の議席の流出を防ぐ為の法整備や、また名家同士が連携して乗っ取られる事態を防ぐ動きに出たそうだ。
あぁ、その判断は、実に賢明だと僕は思う。
自分達にとって不都合な結果を強引になかった事にする訳ではなく、人間の商人がエルフのキャラバンに後れを取ったとすら認めて、でもそれを繰り返さない為に動く。
それは決して簡単じゃない、勇気と誇りのある判断だった。
南の大陸との交易が行えなくなったのはヴィレストリカ共和国にとって大きな痛手だが、それでもその判断ができるこの国は決して傾かないだろう。
だってこれからはエルフのキャラバンも、この国で得た権利を守る為にも、ヴィレストリカ共和国に対して多少なりとも手を貸すように動くのだから。
まぁ、そういう訳でエルフのキャラバンは大きくなって、僕はトリトリーネ家が保有していたサウロテの屋敷を自由に使えてるって話だ。
もちろんエルフのキャラバンの手伝いで、ヴィレストリカ共和国の首都、ヴィッツァに行ったり、船に乗って他の地域へと行く事もある。
エルフの集まりに人間が加わった事で起きる問題も、決して少なくはなかったし。
意志の統一されない、時に思惑のズレる有能な味方は、敵以上に厄介な場合もあるのだ。
西部の戦争はウィンが率いる多種族の連合軍が優勢で人間と講和し、終わった。
西中央部でもクォーラム教は排除され、少しずつだが魔物の駆逐も進み、エルフが故郷の森に帰りつつある。
それから、ヨソギ流の道場はアイハが新しく建てたから三つに増えて、その名は高まる一方だろう。
道場の当主はどこも代替わりして、更にもう一度代替わりしてるけれど、皆が優れた剣士だった。
顔を合わせる度に行う彼らとの手合わせは、僕の大切な楽しみの一つだ。
ただ、トウキもソウハもカイリもアイハも、……当たり前だが今はもう墓の下で眠っていた。
人間の寿命は、やはり僕にとっては短過ぎると思ってしまう。
後は寿命と言えば、僕の鍛冶の師、アズヴァルドだけれど、彼はまだ生きている。
だけど多分もう、長くない。
近いうちに、また会いに行こうと考えていた。
彼はきっと、もう鉄を打つハンマーを握る事も難しくなった自分の姿を、僕に見られるのは嫌かもしれないけれど。
僕はその姿も、やはり目に焼き付けておきたいと思うから。
そんな風に、この四十二年も、僕はあまり大きくは変わらずに、僕らしく過ごしてた。
なのにそれは、唐突にやって来る。
平穏を吹き飛ばして、或いは全てを終わらせてしまう為に。
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