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ドワーフの国では、鍛冶も立派な王の仕事の一つである。
この国の王は、定期的に民の前に、自分の作品を公開しなければならない。
まぁこの辺りはドワーフの国の政治体制にも関わりがある話なのだけれど、この国は王が運営をしてる訳では、実はなかった。
そもそもドワーフの国の王として選ばれるのは優れた鍛冶師で、当たり前だが鍛冶一筋で生きてきた者ばかりである。
故にドワーフの王には、政治的な能力が備わってる事なんて殆どないのだ。
恐らくアズヴァルドは、歴代のドワーフの王の中でも、高い知見を持ってる方だろう。
僕は他のドワーフの王を、先代の一人しか知らないけれども。
しかしそれでも、ドワーフの国を実際に動かしてるのは家臣団だった。
ドワーフの王に求められる役割は、家臣団が動きやすいように国民の信頼を得、されど家臣団を暴走させぬように監視する事の二つだ。
だからこそ、ドワーフの王には国で最も敬意を集める、一番の鍛冶師が選ばれる。
もちろん王という立場に酔ってしまう鍛冶師も居たかもしれないが、そうなると国の民に対して公開する作品から、それが透けて見えるらしい。
つまりドワーフの王が、王であり続ける為には、真摯に鍛冶仕事をこなし、国民の敬意を集め続ける必要があるとの事だった。
何というか、ドワーフ以外の種族には王と鍛冶なんて結び付く筈のない言葉だけれど、でも実にドワーフらしいと、そう思う。
だって民の一人一人が物の良し悪しを見極める目を持ってなければ、そんなやり方は成り立たないのだし。
なので僕がドワーフの国に来てから三年近くが経ったその日も、アズヴァルドは鉄と向かい合って作業をしていて、僕はその手伝いをしていたのだけれど、
「……ふむ、そろそろ儂も、衰えが近いな」
不意に彼はそう呟いた。
いずれそんな日が来るかもしれないと、頭では理解してたけれど、それでもアズヴァルドの言葉を聞いた時、僕は全身に雷が走ったかと思う程の、衝撃を受ける。
だってそんなの、あまりに突然過ぎるから。
「そう、なの? 何時もと変わらず、良さそうな出来に見えるけれど」
僕は思わず、半ば反論するかのようにそんな言葉を口にしてしまう。
アズヴァルドの事は彼自身が一番良くわかってる。
それを知ってても尚、僕はアズヴァルドの言葉を認めたくなかったのだ。
「あぁ、そうだろうな。でもな、エイサーよ。変わらずではいかんのだ。儂の成長はもう随分と緩やかで、やがては止まってしまうだろう。試行錯誤は怠らんが、昨日より今日、今日より明日により良い物を作れなくなれば、そこが儂という山の頂点だ。後は下るばかりとなろう」
少しだけ、本当に少しだけ悔しそうに、彼はそう言って笑った。
カエハの時もそうだったが、老いは人を衰えさせる。
彼女も最期が近くなれば、立つ事さえできなくなった。
死の間際のカエハの一振りは、本当に奇跡の産物だったと、今になればそう思う。
「まぁそれでも儂は、生涯ずっと鉄を打って生きる心算じゃが、しかし下り始める前に、次の王を選ぶ準備はせねばならん。人間の国で修行中の鍛冶師達を呼び戻し、……そうさな、十年もすれば王を決める為の競争が始まるだろうて」
人間よりはゆっくりだが、ドワーフにだって老いは来て、それはやがて死へと至るのだ。
どうしようもない、またどうにかしてしまってはならない、摂理のような物。
……でも、そうか。
以前にアズヴァルドと一緒に、彼を王にする為に他の鍛冶師と競った日々を、僕は懐かしく思い出す。
ドワーフの王座を巡る競争は、誰もが認める一番の鍛冶師が決まるまで、長ければ十年も二十年も続く。
次はどんな鍛冶師が、アズヴァルドの後に王座へと就くのだろうか。
「アズヴァルドの息子も、ルードリア王国で修行中だっけ? 帰って来たら、いい線いけるのかな」
僕は楽しい事に思考を向けて、笑みを浮かべてアズヴァルドに問うた。
そう、ウィンと仲の良かった彼の長男が、今は立派な鍛冶師になってる筈だ。
親子二代で王になれるかどうかはさておいて、その成長はきっとアズヴァルドも確認を楽しみにしているだろう。
「人間の国への修行に出てからは会っておらんからなぁ。しかしそれなりに名を知られるようにはなってると聞くから、ひょっとすればひょっとするかもしれんな」
アズヴァルドも笑みを浮かべて、僕の問いにそう返す。
昔、ウィンがアズヴァルドの長男と一緒に、自分達も何時かミスリルを鍛えるんだ、なんて風に言ってたっけ。
遠く離れた地に行ったウィンが、それを実現させる事はもうないだろうけれど、子らは皆が立派に育った。
アズヴァルドは老いて、子は育ち、そして僕は変わらない。
何とも、置いて行かれたような気分になってしまう。
楽しい事を考えたいのに、どうにもそれが難しい。
「しかしな、それもお前さんが王座を巡る競争に加わらなければの話だろうて。……儂は、エイサーがその心算になれば、次のドワーフの王はお前さんだと思っておるよ」
不意に、アズヴァルドは真剣な顔で僕を真っ直ぐに見て、そう口にする。
まるでそれは、僕に王座を巡る競争に参加しろとでも言うかのようで、僕は驚きに暫し言葉に詰まった。
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