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 正直なところ、アズヴァルドが何故急に僕に学校で人間の国の事を教えろなんて言い出したのかは、わからない。

 確かに僕は人間の国々に関して詳しいし、物珍しい話もできる。

 だが所詮はそれだけで、子供達が我が事として受け止め、共感し易いのは、やはりドワーフの鍛冶師の話だろうに。


 ドワーフの国で子供達が一番憧れる職業は鍛冶師で、だからこそ多くの子供達に、鍛冶師になった場合の修業、人間の国での暮らし方の話をするのだ。

 果たしてそこに、物珍しさは必要なのだろうか?

 どうしても首を傾げてしまうけれども、それでも僕は言われた通りに、学校で子供達の前に立つ。

 何故なら、アズヴァルドが僕に全く無意味な事をさせる筈がないから。

 その真意は読めなくとも、彼には彼なりの、何か考えがあるのだろう。


 ただ単に学校で子供達に人間の国の話をすると言っても、実は結構な大事だ。

 だってドワーフの国にある学校は一つや二つじゃない。

 ドワーフの国の人口は四万から五万で、学校に通って学ぶ年頃の子供も数千人はいる。

 一つの学校に百人や二百人が通うとしても、数十は学校が存在している筈だった。


 あぁ、前言を翻すようだけれど、やっぱりドワーフは他の種族と比べても殊更に教育熱心だ。

 整理して考えてみると、その熱意が良くわかる。


 僕はその学校の数と同じ回数、人間の国の話をしなくちゃならない。

 というのも、僕は一応、王であるアズヴァルドの弟子である。

 そしてその弟子が、王の指示で学校に赴き、子供達に話をするのに、一つや二つの学校のみを選んでしまえば、それは贔屓に見えるだろう。

 僕がって事じゃなくて、王であるアズヴァルドがその学校を贔屓した風に見えてしまうのだ。


 当たり前の話だけれど、ドワーフの子供達は、ドワーフの国の宝である。

 もちろんアズヴァルドだって、自分が通った学校や、我が子が通った学校に思い入れの一つや二つはあるだろうけれど、建前上は全ての学校を、全ての子供達を公平に扱わなければならない。

 本来は中々に難しい事なのだろうけれど、彼は聡明な王であるから、そう振る舞うだろうと皆に期待されるのだ。

 そのドワーフの民からの期待を、僕が大変だからと裏切らせる訳にはいかなかった。


 今日、僕の話を聞く為に集められた子供は五十人程。

 この学校に通う総数の半分程の人数だけれど、まだ難しい話が理解できない年少の子供は省かれたのだろう。


 僕は子供達の前に置いた大きな木の版に、用意しておいた四枚の紙を、学校の教師に手伝って貰って貼り付ける。

 何度も同じ話をするのなら、小道具を使って流れをスムーズにしようという、まぁ小細工だ。

 用意した紙は、それぞれ西部、西中央部、東中央部、東部の四つの地域の、僕の手書きの地図だった。

 全てを繋げると、この大陸の地図になる。


「こんにちは。僕は鍛冶師で、旅人のエイサーです。鍛冶の師は、この国の王のアズヴァルド。今日は師からの言い付けで、皆さんに外の世界の話をします」

 恐らく子供達は、誰も地図を見た事がないのだろう。

 何が始まるのかと、戸惑ってる様子が伝わって来る。


 あぁ、子供達だけでなく、教師達も戸惑ってそうだ。

 まぁそれも当然か。

 大人だって、近隣のルードリア王国やフォードル帝国の地図ならともかく、東中央部全体の地図や、ましてや大陸全ての地図なんて見た事がある筈もない。

 これを僕が書けるのは、大陸の全ての地域を実際に旅して、地域全体の地図を手に入れられる立場の者達と関わったが故である。

 

 東中央部は殆どの国を実際に回ったし、東部では最大の国である黄古帝国で、その最高権力者である仙人達から、東部の地図を見せて貰った。

 西中央部ではエルフの国、シヨウの一員として、人間の国であるコーフル、ワイフォレン、ジルチアスと交渉し、西中央部の情報を集めたから。

 そして西部では、ウィンが中心となった種族の連合軍が、敵対する人間の国の位置関係や国力を時間を掛けて調べ上げていたから、彼らは西部の地図を持っていたのだ。


 そう、これは僕の旅のわかり易い成果である。

 僕以外でこれだけの範囲の地図を書ける人は、多分そんなに居ないと思う。

 といっても子供達相手に、そんな自慢話をする心算はない。

 ただこれを見せたのは、世界の広さを知って欲しいからだった。


「僕が知る限り、この大陸にドワーフの国は三つあります。一つはここ、東中央部の北と南を隔てる大山脈の真ん中。もう一つはこの、東部でも東に在る一番大きな国の南、赤山州の隣だね。最後の一つはこの西部の北西山脈に隠されてるよ」

 順番に、地図上の三つの点を説明しながら指し示すと、子供達から驚きの声が漏れる。

 どうやら、地図で見てもわかるあまりの遠さに驚愕したのだろう。


 うん、その気持ちはよくわかる。

 実際、ドワーフの国は余りにも離れて点在していた。

 普通に考えれば、もう少しばかり互いの行き来がし易い場所に住み着きそうなものだけれども、まるで誰かが均等に場所を散らして配置したかのようにすら感じてしまう。

 もちろんドワーフが住み着く条件である鉱物資源のある山脈地帯が、遠く離れた場所にしかなかっただけなのかもしれないけれども。


「ここから他のドワーフの国には、大金を払って船に乗っても何ヵ月も掛かるし、歩けばそれこそ何年も掛かるね。それに地域と地域の間は危険地帯と呼ばれる場所に遮られててね。歩いて通るのは物凄く危ないんだ」

 話を進めていくと、子供達の関心が高まっていく様子が、ひしひしと感じられた。

 どうやら話の掴みには成功したらしい。


 細かな話をする前に僕が伝えたかったのは、先程も述べたように世界が広い事だけである。

 この話には、子供達の関心を惹く以上の意味はないかもしれない。

 だけど或いは、世界の広さに何かを感じる子供もいるかもしれない。


「旅をするのもそうだけれど、人間の国で生活をするには、とにかく必要になるのがお金だよ。ドワーフの国よりも、人間の国ではお金がずっと強いんだ」

 そして話は、具体的に人間の国での生活へと移っていく。

 まずはお金を通して、ドワーフと人間の価値観の違いから。

 ドワーフにとっての鍛冶師は、素晴らしい品を生み出せるから高い価値のある存在だが、人間にとっての鍛冶師は、素晴らしい品を生み出す事で金を稼げるから高い価値がある存在となる。

 この違いはとても大きいのだ。


 価値観は自分にとっての当たり前だから、目の当たりにせずに違いに気付く事は難しい。

 だけどこの違いを理解させられたなら、今日、僕が来た甲斐もあったという物だろう。


 話はまだまだ始まったばかり。

 時間も、話のネタもたっぷりとある。

 僕の話が、彼らのより良い未来にほんの少しでも役立つならば、それはきっととても喜ばしい事だった。


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