二十八章 ドワーフの王

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 空を飛ぶという体験は、それが自身の力による物でなくとも、実に特別なものである。

 僕はこれまでにも魔術を使って宙に浮いたりした事はあったが、ヒイロの背に乗って飛ぶ空はそれとは比べ物にならない高度なのだ。

 まぁ高度というなら扶桑樹から飛び降りた時も大概高かったけれど、やはりそれも空を飛んで前に進むのとは全然違うから。

 見下ろせば、地上は何もかもが小さくて、けれども大地はどこまでも続く。


 僕を西部まで迎えに来たヒイロは、当然だがもうひよこの姿ではなくて、ちょっとした家くらいの大きさの巨鳥となっていた。

 しかしヒイロ曰く、これでもまだまだ成長の途中らしい。

 完全に成長した不死なる鳥は、もっとずっとずっと大きいんだとか。


 それでも空を行くヒイロの移動は速く、僕が何ヵ月も掛けて移動した西部も半日と掛からず抜けてしまう。

 ちょっとした、そう、僕の前世の記憶にある、飛行機に乗ってる気分だった。

 いやまぁ、何にも覆われてない吹き曝しだから違うと言えば違うけれど。

 でもヒイロの身体が温かいおかげか、それとも何らかの力で冷たい空気を遮っているのか、特に寒さは感じない。


 そして眼下に広がるは、濃い霧がその姿の殆どを覆い隠してる山々。

 行きはその霧を見上げながらその下を通った霧の山脈、それから死の谷だ。

 通り抜けるには割と苦労した危険地帯を軽々と飛び越えて行く事に、虚しさと奇妙な達成感を覚える。


「そういえばヒイロ、アレは知ってる?」

 軽く背を叩いてからヒイロに眼下の霧の山脈を知ってるかと問えば、ひと声鳴いて肯定の意思が返って来た。

 流石は太古より生と死を繰り返す不死なる鳥だ。

 色んな事を知ってるんだなぁと感心してると、

『あの山々は、前回の終焉、竜が世界を焼く要因となった、魔族の拠点の一つでした。しかしあの山に備えられた機構は終焉を遅らせる要素になると巨人が申し入れ、竜が焼く範囲から除外されました。ですので拠点の魔族への対処は巨人が行った筈です』

 続く鳴き声が伝えてくる意思に、僕は思わず絶句する。


 あまりに簡単に明かされた、世界の滅びの原因。

 竜が世界を焼き滅ぼすという事は知ってたし、不死なる鳥のヒイロが卵になっていたから、少なくともそれが一度は行われたのだと、予想はしていた。

 だがそれは世界の秘密のような物だと、僕は勝手に思い込んでいたから。


「……それは僕に話しても大丈夫なの?」

 動悸のする胸を押さえ、暫し自分を落ち着かせてから、そんな風に尋ねる。

 先程の言葉だけでも、気になる点は幾つもあった。


 終焉という言葉。

 竜が世界を焼いた原因が魔族であるという事。

 それから巨人が行った魔族への対処も気になる。

 だって巨人と魔族の繋がりと言えば、僕は鬼を思い出すから。


『もちろんです。貴方は私を孵した人なのですから、知りたい事があれば幾らでもお答えします』

 ごく当たり前にそう答えるヒイロに、僕は少し考える。

 どうやらヒイロは、問えば知る全てを教えてくれる心算らしい。

 でも、だからこそ問い掛けは、慎重に行わなければならないと僕は感じた。


 全ての真実なんて、一度には抱え込みたくないし、それに耐えられる気もしないし、抱え込むべきじゃないだろう。

 好奇心のままに踏み込めば、与えられる情報の重さに、思い悩む事になる。

 これまで僕が触れてきた世界の秘密とは、与えられる情報の質が大きく違うから。


 ハイエルフの言い伝えは、あくまで言い伝えだった。

 仙人から聞いた話は、彼らが慎重に情報を管理していた。

 真なる竜にはその存在に直接触れたが、黄金竜が僕に教えてくれた話は……、いや、あれも結構重かったか。

 まぁそれでも、今のヒイロのように、何でも教えてくれようとしてる訳じゃなかった。


 もちろん情報は必要だ。

 知らねば対処できぬ事もある。

 だがいずれはそれにぶつかるとしても、段階を踏んで情報を消化し、僕は僕の視点で物事を判断していきたい。

 多過ぎ、濃過ぎる暴力的な情報は、僕という個を押し流した判断をさせかねないから。


 どうしようかなぁ。

 ヒイロからは、ワクワクと質問を待ってる気配がする。

 できれば、何か当たり障りのない事から聞きたいのだけれど、前提となる知識が少なすぎて、どう聞けば核心に触れずに済むのかがわからない。


「あー、そう言えば、魔族ってどんな感じだったの?」

 探るように、まずは直接は魔族の話から問い掛けた。

 古の存在でない魔族なら、世界の秘密に大きく関わりはしないだろうし。


 ……なんて風に思っていたのだけれども、

『魔族は、巨人の実験により新しき人が変異した存在です。ですが変異により激しく他者への攻撃性が高まった為、実験は失敗とされました。その存在は世界の脅威とみなされて竜の炎に焼かれて、今は消失しています』

 返ってきた答えに、僕は再び絶句しかける。

 先程、竜が魔族を焼いたって話は聞いたけれど、その魔族が巨人の実験で変異した新しい人というのは一体どういう事なのか。

 それではまるで、巨人の行いで、竜が世界を焼いたと言ってるような物ではないか。


「一体、どうして巨人はそんな事を?」

 だから僕は、思わずそう聞いてしまう。

 話の衝撃が大き過ぎて、何とか絞り出した言葉がそれだった。

 でもそれは、あまりに迂闊すぎる問い掛けである。


『それにお答えするには、まず終焉とは何かを語らねばなりません』

 そう、僕は質問の仕方を大きく間違えて、結局そこに辿り着いてしまったのだ。


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