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始まりの時、この世界は混沌とした力の渦だけが存在していました。
それを見出した創造主は、世界に満ちて渦巻く力に意思を与え、精霊を誕生させます。
これにより、世界には大地や空、そして海が発生します。
次に創造主は人を、今の世界ではハイエルフと呼ばれる貴方達を生み出します。
ハイエルフは精霊に方向性を示し、世界の環境を安定させました。
これにより大地には木々や獣、空には雲や鳥、海には魚といった、様々な生命が発生するようになりました。
木々や獣や鳥が、精霊やハイエルフに親しみを抱くのは、この時の原初の記憶を今も保持しているからです。
生命の発生により刻一刻と変化していく世界の様子を記録する為に、創造主は次に雲の上から世界を見下ろし観察する巨人を生みます。
巨人は知識を蓄えて、誰よりも賢き者となりました。
またハイエルフと巨人が困った時は互いに助け合えるよう、互いの領域を行き来できるように、創造主は私達、不死なる鳥を生みました。
背に誰かを乗せて空を飛ぶのは大変だろうからと、大きな翼と、強く生命の力を操作する能力を持たせて。
あぁ、それから、ハイエルフや巨人が呼び易いようにと、遠くの貴方達と意志疎通する力も、創造主は与えてくださいました。
創造主は次に、この世界に脅威が迫った時、中心となって戦える強い存在、竜を生みます。
この世界を見出した創造主は、全く別の場所からやってきました。
なので他にも別の場所から、この世界に悪意を抱く存在がやってこないとは限らないからと。
しかしここで、創造主は自分の役割は終わったと考えました。
力を安定させる者、導く者、知識を蓄える観察者、架け橋となる者、そして世界を守護する者。
もう何もせずとも世界の変化は続き、緩やかに発展していくでしょう。
ですから創造主は、長い眠りに就く事にされたのです。
そうすれば、自分に頼らずに発展し、大きく変化した世界が見られる筈だと、そんな風に考えて。
けれども眠りに就く少し前に、創造主はふと不安になります。
もしも彼らだけでは対処できない事態が起きたりはしないだろうか。
自分が目覚めた時、何もなくなってしまった世界だけが残されていたら、それを見るのはあまりにも悲し過ぎると。
だから創造主は最後に、もう一度ある存在を生み出します。
仮に世界に大きな異変があった時、創造主を目覚めさせる役割を担う存在、今では神と呼ばれる彼らを。
創造主が眠りに就いた後、世界は特に問題なく回っていました。
長く平穏な日々が続き、世界は創造主が考えた通り、緩やかに発展、変化をしています。
ですがその長い平穏の日々に、最後に生み出された神達は飽きてしまいます。
彼らは自分達が目にする事のなかった、創世の始まりの頃のような、激しい変化を欲しました。
それ故に神達は、創造主の真似をして、精霊、ハイエルフ、巨人、不死なる鳥、竜の模造を行います。
でも彼らは、世界に満ちた力を上手く扱えず、自分達に使い易い、今の世界では魔力と呼ばれる要素ばかりを多用した為、全てが狂ってしまいました。
精霊を真似て歪みの力を、ハイエルフを真似て新しき人の原型となるエルフを、巨人を真似て死の巨人を、不死なる鳥を真似て巨怪鳥を、竜を真似て偽竜を。
このうち巨怪鳥と偽竜は、何の問題にもなりませんでした。
何故なら元となる不死なる鳥と竜の力が大き過ぎて、神達に生み出せたのは取るに足らない姿だけを少し真似た程度の存在だったからです。
死の巨人は少し危険で、歩いた大地を腐敗させる存在だった為、本当の巨人の手で石にされ、大地の底に封じられました。
しかし本当の問題は、エルフ、いえ、それを原型として生み出された全ての新しき人と、歪みの力だったのです。
ハイエルフが肉体の生を終えると精霊となるところまで不完全に真似てしまったせいで、全ての新しき人は死を迎えると歪みの力を生み出します。
魂は次の輪廻に旅立ちますが、それとは別に、肉体が滅ぶ際に歪みの力を放出します。
歪みの力はその名の通り、存在を歪める力です。
この力は魔力に近い性質を持っており、魔力に混ざります。
元々魔力は、世界に満ちる力の一要素でしかなかったのですが、歪みの力と混ざる事で、その量を大きく増やしました。
本来の魔力の比率は、貴方が鱗を使って黄金竜の力を発生させた際に、ほんの少し混じってる。
その程度が自然だったのですが、今の世界は随分と魔力が強く満ちています。
そしてこれが一番の問題だったのですが、歪みの力の影響を受けた魔力は、生き物の存在を歪めてしまうのです。
力と知能が強化される事はさておいて、一番の問題は他者への攻撃性を強める事でした。
つまりは貴方も知るところの魔物が、その歪められた存在です。
もちろん歪み方には違いがあって、全ての魔物が凶悪極まりないという訳ではありません。
ですが新しき人が増え、死に、歪みの力が増せば増すだけ、魔物の数は増えて周囲を破壊するでしょう。
また魔物同士が繁殖して生まれた子供は、歪みの力に関係なく、最初から歪んだ存在、魔物です。
それどころか歪みの力によって、そこから更に歪んで強力な存在となる可能性すら秘めていました。
実際、繁殖で世代を重ねたり、他の魔物を多く捕食した個体が、非常に強力な存在となった例もあります。
貴方よりずっと以前のハイエルフを含む私達は、これを世界の危機だと考えました。
まず最も容易い解決は、創造主を目覚めさせる事でした。
誰よりも力の扱いを知る創造主なら、生まれてしまった歪みだって消せる筈です。
でも私達に世界を任せて眠る創造主を、可能な限りは起こしたくありません。
最も容易い解決方法だからこそ、それは最終手段にしたかったのです。
次の解決策は、新しい人を根絶やしにする事でした。
幸い、歪みの力は生き物を魔物化させる際に消費されます。
新たにそれを発生させる新しい人さえ居なければ、やがては全て消えてしまうでしょう。
けれどもこれに、神達が待ったを掛けました。
自分達が罰を受けるから、生み出してしまった彼らを根絶やしにするような真似だけは、どうかしないで欲しいと言って。
この時は、私達も随分と揉めました。
竜は、神は当然罰を受け、更に新しい人の存在は消してしまうべきだと強く主張をします。
世界を守る役割を与えられていた竜は、この事態を大いに怒っていましたから。
不死なる鳥は竜よりも少しだけ穏便に、神を罰したところで何の解決にもならない。
だから新しい人を消すだけで十分だ。
愚かな行いをしたとしても、神も我らの兄弟だからと主張をしました。
でも巨人の意見は違います。
新しい人に罪はない。
これも世界の変化の一つである。
また魔物も変化の一つに過ぎない。
或いは進化ですらあるかもしれない。
神を罰するよりも、我らは既に起きた変化を受け入れ、共に世界を維持する手立てを考えるべきだと、竜と不死なる鳥に反論をします。
元々巨人は、新しい人の誕生で観察対象が増えた事を喜んでいたので、そのような立場を取ったのでしょう。
そしてその言い争いをじっと聞いていたハイエルフは、暫くしてからこう言いました。
神も我らの兄弟であるからこそ、罰を望む彼らには罰を与えるべきだ。
創造主が目覚めるまでの長い間、この世界への干渉を禁じると言う罰を。
その代わり、神の願いも聞き入れよう。
何より私も、私を真似て生み出された新しい人を、根絶やしにしてしまうような真似はしたくないと。
このハイエルフの発言で全ては決まります。
精霊はハイエルフの言葉を全面的に肯定しますし、竜も、私を含む不死なる鳥も、それから巨人も、小さなハイエルフの事を好いていましたから。
その言葉を吟味して、納得して、そうする事に決めました。
ですが何もせずにただ新しい人を生かすのみでは、やはり世界は歪みの力に壊されてしまいかねません。
新しい人が生まれて死に、歪みの力が発生する量を、魔物が生み出されて駆除され、歪みの力が消費されている量が上回っているならば問題はありません。
けれどそのバランスが逆転し、世界に魔物が多くなり過ぎた時、或いは新しい人の増加が止まらず、大きな歪みの力の発生が予測される時、または不測の事態が起きた時、竜が歪みの力を世界ごと焼き、発生した魔物も焼いて駆除して、世界を守る為の破壊のシステム、終焉が考案されました。
竜が世界を焼き、巨人が一部の新しい人を一時的に雲の上に保護し、不死なる鳥が命の溢れる環境を生み、ハイエルフがそれを広げて世界を再生させる。
もちろん精霊は、その再生した世界を維持していく。
そうしてやがて、自然に創造主が目覚めた時、この滅びのループは終わるでしょう。
もしくは滅びを経験する度、新しい人が強く成長して行けば、歪みの力の発生と消費のバランスが取れ続けるかもしれません。
尤も巨人は、滅びを経験して新しい人が強くなるのをただ見守るだけでなく、その成長を促そうと色々な手出しをしています。
その試みの一つが、新しい人に歪みの力を吸収させて魔物化する事だったのです。
新しい人が魔物化によって強くなれば、他の魔物を駆除し、歪みの力のバランスがとれるのではないかと。
あわよくばそもそも新しい人が死によって歪みの力を発生させる事がなくなるのではないかと考えて。
当然ながらそんなに上手くいく筈もなく、試みは失敗し、生み出された魔族はその力と狂暴性を他者に向け、地上で暮らすハイエルフと争いになりました。
その時、ハイエルフにも少なからぬ被害が出た為、竜が世界を焼く事になったのです。
これが巨人が魔族を生み出した理由と、前回の終焉の真相です。
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