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ここまでは僕と聖教主が主に戦っていたが、そこにウィンが加わる。
その効果は絶大だった。
というのもウィンが魔剣を発動させる為に、ミスリルの腕輪に黄金竜の鱗を擦り付けた瞬間、聖教主の顔が恐怖に染まって、動きが極端に乱れたからだ。
もちろん、初見で魔剣の効果を見抜いて、それが自分を斬る為に用意されたものだと見抜いたから、……ではない。
唐突に発生した力、黄金竜の強大な力に、驚き恐れを覚えたのだろう。
実際には、その力もごくごく一部しか使用できず、殆どは霧散して消えてしまうのだけれども。
いや、それにしても怯え方が激し過ぎた。
もしかすると彼女は、道を外れて邪仙となる前は、黄古帝国に関わりがあったのだろうか。
仙人の弟子となって仙術を学べる場所なんて、そう多くある筈もないのだし。
彼の地を守る仙人達の力の源も、元を辿れば黄金竜である。
あの仙人達を知っているならば、先程発生した黄金竜の力に、彼らを連想してもおかしくない。
だが僕には聖教主にそれを問い質して詮索する気もなければ、どんな事情があったところで攻撃の手を止める心算もないのだ。
むしろ竜の力の殆どが無駄になっていると気付かれる前に仕留めた方が良いし、そうでなくとも気付く余裕なんてなくなるように追い込むべきだろう。
ただひたすらに精霊の力を借りた攻撃を、畳みかけるように同時に展開し、動きを封じて体力を削る。
そして発動した魔剣、邪仙に通じる武器を手にしたウィンが、ヨソギ流の技で聖教主を切り裂く。
それはもう、戦いじゃなかった。
少なくとも西部の命運を決めるという題目を掲げられるような、雄々しい戦いでは決してなかった。
動きを封じられ、怯えに意気を挫かれて、聖教主は防戦一方となっている。
処刑であれば、まだしもマシだっただろう。
サクリと切り裂いてそれで終わりになったのなら、然程に不快感は覚えなかったかもしれない。
けれども聖教主の実力は偽物でなく、本当に必死になって防戦し、逃げ回ろうとしていたから、それはより一層に悲惨だった。
風の砲弾が降り注ぐ中を、平然とウィンが進む。
聖教主は風の幾つかを無効化しつつ距離を取って逃げようとするが、その足が地に掴まれて動かない。
強引に無理矢理、地を蹴り砕いて脱出するが、その時には振るわれたウィンの魔剣が彼女に迫る。
しかしそれでも聖教主は足掻き、己の腕を盾として、それが断たれるほんの僅かな間に、何とか転がり逃げ延びる……、といった具合に。
断たれた腕も、多くの命の力を取り込んでいる邪仙なら、然程に時間を掛けずに元通りに再生するから。
そう、それは戦いでも処刑でもなく、嬲り殺しの様相を呈し始めていた。
絵面的には、彼女の見た目も相俟って、完全に僕らが悪役だろう。
もし仮に何の事情も知らない、正義感溢れる誰かが通りすがれば、間違いなく聖教主を助けようとするだろうくらいに。
だけどそれでも僕もウィンも、攻撃の手を止めはしない。
当然ながらこんな事が楽しい筈もないけれど、ここで止めれば全てが無意味だ。
人間もその他の種族も大勢が死んだ今回の戦いだって、全く意味がなかった事になってしまう。
だから僕とウィンはただひたすらに、不快感を押し殺し、淡々と聖教主を追い込んで、そして殺す。
ウィンの魔剣が首を刎ね、それでも生きていたから縦にも二つに切り裂いて、完全に止めを刺した。
首を刎ねられた彼女は、頭を二つに断たれる寸前に、僕に向かって吐き捨てる。
「この、化け物め!」
……と。
それは聖教主の、精一杯の呪いの言葉だったのかもしれない。
でも、今更何を言ってるのだろうか。
その認識を持つにはあまりにも遅かったし、そんなの言われずともわかっているのに。
ただ戦いを終えても達成感はなく、後味は悪く、結局のところ、誰かを殺すとはこういう事なのだと、僕は顔を顰めて思い知らされた。
聖教主が、多くの仲間の仇であったウィンならば、もしかすると何らかの感慨を得たのかもしれないが、その手助けをしに来ただけの僕には、あぁ、不快感しか残っていない。
今回の件は必要だったし、この行いに後悔はないし、心に引っ掛かる不快感も、酒で流せはするけれども。
……それから間もなく、クォーラム教の聖地を奪還しに来た人間の軍は総崩れとなり、連合軍が戦いに勝利した。
長く西部の人間を導いてきた、より正確には陰から支配してきた聖教主が討ち取られて死んだというのは、それだけの衝撃だったのだろう。
そしてその衝撃は戦場だけに留まらずに西部中を駆け巡り、いや西中央部にすらも広がる筈だ。
大きな変化が始まろうとしている。
戦いが終わって一ヵ月が経つ。
ウィンは聖教主を討つという功績を以て、名実ともに連合軍を纏め上げ、次の展開を見据えて忙しく準備に動いてた。
彼の目的は戦いを終わらせる事だけれど、それにはミズンズ連邦を攻め落とし、クォーラム教の解体、人間が占拠してる大きな森の解放といった、幾つかの条件を満たさねばならない。
故にウィンは、今日も忙しく仲間達に指示を出し、地図や書類を睨んで、上がってくる報告に一喜一憂しているそうだ。
しかし僕の役割は、もう西部には残っていないだろう。
僕は余所者で、尚且つウィンの養父だから、聖教主の戦いでの助力は、我が子を助ける為の物だったとして、功績は彼にあると認識されてる。
だけどそこで少しばかり存在感を示し過ぎたのも確かだったから、今後はそうも上手くはいきそうになかった。
僕が僕として、この西部で力を示し過ぎたなら、ウィンの邪魔になりかねない。
今後ともにウィンに力を貸したいのなら、……それは西部の外からにすべきだった。
例えば、そう、アイレナのエルフのキャラバンや、エルフの国であるシヨウに働きかけて、西部のエルフに援助をするといったやり方で。
今回、ウィンと心行くまでじっくりと話し合えたかと言えば、あまりそうではなかった気がする。
彼は常に忙しそうだったし、僕もその邪魔をしたくはなかったし。
既に独り立ちした子に対しての態度としては、このくらいがきっと丁度良いのだ。
だがウィンと剣を交える事はできたし、……何よりも成長した我が子が皆から必要とされている姿を見れたのは嬉しい。
あぁ、素直に格好いいと思えた。
だから僕は満足だ。
西部が完全に収まるまで、ウィンが戦いの中に身を置くなら、これが永遠の別れとなる可能性だってあるだろう。
けれども、もう、僕はそれにもどうこう言うまい。
昔は、ウィンの身に何かがあったら、僕はそれを許せないかも、なんて事を言いもしたが、今の彼を見ればそれは、結局のところは子供扱いだったのだと思う。
もうウィンは、自分で行動を選び、その行動に自分で責任を取って生きている。
ならば彼に何があったとしても、僕がモンスターになる必要はない。
もちろん、何かあれば悲しむし、良い事があったと知れば喜ぶけれども。
でも取り敢えず、別れの言葉は、また会おうでいいだろう。
僕は手紙の〆にそう記し、エルフの一人にウィンに届けて貰えるように頼むと、クラウースラを後にした。
実はあまり時間がない。
どうやら僕に迎えが来るらしいのだ。
しかしその迎えの姿は少しばかり目立つから、落ち合うには人目のない場所に行く必要があった。
そうでなきゃ、妙な騒ぎになりかねないから。
僕を呼ぶ感覚に東の空を見上げれば、遠くに小さな影が見える。
深い森を出てから百年以上が経って、僕も色々な出会いをしたけれど、その中でも空を飛べる知り合いは決して多くない。
そしてわざわざ西部まで、僕に会いに、僕を迎えに来るのは、そう、成長した不死なる鳥の緋色くらいだ。
名残を惜しんで、最後に一度だけ振り返った。
慌ただしく出て行く事になるけれど、……これからの西部はどうなっていくのか。
今後、西部がどんな風に変わっても、そこにはウィンが大きく関わっている筈。
故に僕はきっと、どんな風の噂が流れて来ても、興味深く耳を傾け、彼に思いを馳せるだろう。
これからもウィンは、多くの出会いと別れを経験する。
ハーフエルフの寿命は、他の種族よりも割合に長いから、それは避けられない運命だった。
だけど安心して構わない。
ウィンがどんなに多くの知り合いに先立たれても、それでも彼の最期は、きっと僕が見送るから。
だからウィンは、愛しい我が子は、決してこの世界で一人になりはしない。
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