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 それは僕がイネェルダに、今はシヨウの国となったこの地にやってきて、二年が過ぎた頃の事だった。

 日課の剣の修練をしていると、何時も通りに傍でずっとそれを見守っていたレアスが、ふと僕に問う。


「エイサー様は、一体どうして、そこまでなさるのでしょう?」

 ……と、そんな風に。

 でもその問いは、実に抽象的で意図が掴めない問いかけである。

 今、僕に問うという事は、剣に関してだろうか?

 それとも別に、僕に関して気になる何かがあるのだろうか?


 首を傾げて問い返せば、だけどレアスは首を横に振り、

「全てです。エイサー様のなさる全てが、私には不思議でなりません」

 そんな言葉を口にする。


 ……成る程、どうやらこの二年間、レアスが僕と過ごした事で受けた影響が、彼の中で芽を出しつつあるらしい。

 これまでレアスは、僕の行動に疑問なんて挟まなかったし、仮に彼の中で疑問に思った何かがあったとしても、それを口に出したりはしなかった。

 それはエルフからのハイエルフに対する絶大な信頼による物ではあったのだろうけれど、同時に思考停止でもあった。

 つまり漸く出てきたレアスの僕に対する疑問、質問は、間違いなく彼の成長の表われだ。


「剣もそうです。エイサー様なら剣の訓練などせずとも、誰にもその身を脅かされる事はないでしょう。この国の、不満を持つエルフの下へわざわざ出向き、話を聞いてやってる事もそうです。エイサー様が何も言わずとも、我々エルフは貴方に逆らいません」

 なのにどうしてそこまでするのかと、再度レアスは僕に問う。


 あぁ、それは本当に、とても良い質問だ。

 そんな疑問が彼の口から出た事が、僕は嬉しい。

 ならば僕も、彼の問いに全力で答えよう。


 言葉は時に難しく、思った全てを正しくは伝えてくれないけれど。

 幸い僕にもレアスにも、生きる時間は多くあった。

 だから互いにわかり合う為に言葉を交わす時間も、また多い。

 一言二言では誤解を招く言葉も、百、千、万言を尽くして語り合えば、意図の九割くらいは伝えられる。


「もちろん、それはそうする事が好きだからだよ。剣を振るうのはそれが好きだから。あぁ、精霊の力が通用しない相手に備えてって面もあるけれど、ね。一度はそういう相手と戦った事もあるし」

 そう、僕の行動の全ては、僕がそうしたいからだ。

 剣を振るう理由なんて、もう多過ぎて語り切れやしない。


 格好良く、美しい剣を振りたいから。

 この剣技こそが僕とカエハの絆で、最期に彼女が見せてくれた剣を再現したいから。

 そもそもこうして剣を振る時間が好きだから。

 再びウィンと剣を交える時の為に、少しでも腕を上げておきたいから。

 ……エトセトラ。


 でもそれを全て纏めたら、僕がそうしたいから、好きだからって言葉になる。

 精霊の力が通用しなかった相手、吸血鬼のレイホンに関しては、今はもうその仕掛けもおおよそわかってるから、似たような相手に出会っても対処は可能だ。

 例えば黄古帝国の仙人達が相手だったとしても、精霊の力は無意味じゃない。


 恐らくあの時の仙術は、火を水が消してしまうように、自分に向けられた現象を克服する種類の力を放出し、無効化を成しえていたのだと思う。

 しかしその放出する力は無限じゃなくて、吸血鬼であるレイホンの場合は他人から取り込んだ命の力を源とし、真っ当な仙人の場合は取り込んで昇華した自然の力を源とする。

 だったら話は簡単で、相手の力が尽きるまで、精霊による攻撃を続ければいいだけだ。

 吸血鬼であろうと仙人であろうと、力の総量が自然そのものである精霊を上回る事なんてありえないだろうから、単純な消耗戦となれば負ける道理は欠片もなかった。


 尤も、黄古帝国の仙人達は、そんな消耗戦に付き合うような、生ぬるい相手ではないだろうけれども。

 まぁ戦う予定もないし、その辺りは別にいい。


 但しあの時と同じように、何らかの方法で精霊の力を無効化、或いはそうしたと僕が思わされる事は、あるかもしれない。

 そんな万一の場合に備えて、剣の腕を磨くのは、決して無駄にはならないだろう。

 もちろん、剣が好きだからこそ、そうやって腕を磨いて備えられる。


 ……話は逸れたが、僕が不満を持つエルフを巡って話を聞くのも、そうする事が好きだからだ。

「話を聞くだけで皆喜ぶし、抱えた不満が解消できる物なら貴重な意見として反映できるし、不可能なら不可能な理由を説明して納得して貰えるし、何も損はないでしょう?」

 これが人間や他の種族が相手なら、自分の意見が通るまでごねる輩も居るけれど、エルフは僕に対しては、ハイエルフに対しては非常に素直な種族であった。

 ならば不満を聞き、こちらの考えを伝え、素直に喜んで貰えるのだから、それは僕にとって楽しい事だ。


 一日に一人か二人の数の話を聞くだけでも、一年で数百、数年で千を越えるエルフの不満が解消できる。

 今、シヨウの国に住むエルフは数万だから、それでも一部に過ぎないけれど、そうした姿勢は伝播するから。


 ちなみにこれがエルフでなくドワーフが相手なら、言葉を交わすよりも酒を酌み交わすか殴り合いなので、……それはそれで楽しくはあるが、毎日となると身体は中々にきつかっただろう。

 いやぁ、エルフは実に楽でいい。

 若干の物足りなさも、感じるけれど。


「やりたい事をやるだけで、皆が少しでも楽しくて幸せになるなら、僕はそれを嬉しく思うよ。あれこれふんぞり返って指図だけするよりも、ずっと楽しいからね。そこまでって言われる程の事は、してないかな」

 そう言って僕はレアスを見て、笑った。

 彼の質問に答える事も、また同じくだ。

 このやり取りが何らかの形でレアスの糧になったなら、僕はそれを嬉しく思うだろう。


 その言葉にレアスは、何かを考えこんで黙ってしまったので、僕は再び剣を振る。

 別にゆっくりで構わない。

 僕も彼も、ハイエルフもエルフも、ゆっくりとした成長が許された生き物だから、或いはゆっくりとしか成長できない生き物だから、疑問に思えば何度も問えばいいし、僕も何度も答えよう。

 森での時間は、今日も緩やかに、穏やかに。

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