二十五章 エルフの国

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 何かを生み出すよりも、壊す方がずっと手間は少なく、簡単だ。

 それは生き物であれ、物であれ、他の何かであれ、同じである。


 生き物が生まれる為には交配し、母体の中で月日をかけて育たねばならない。

 いや、もちろん卵として産まれた後に精を受け、卵の中で幼生にまで育つ生き物も多いけれど、いずれにしても時間は掛かる。

 しかしそうして手間と時間を掛けて生まれ育った生き物も、殺してしまう事は実に容易かった。


 それが人であったなら、鋭い刃物が心の臓に突き刺されば、ほぼ確実にその命は失われてしまう。

 どんなに時間を掛けて生まれ、育ち、更に努力を重ねて優れた技術や知識を持っていようとも、全てが無に帰す。

 獣であっても、魔物であっても同じ事だ。

 魔物は確かに強いが、それが生まれ育った時間に比べれば、殺すのに掛かる時間はずっと少ない。


 物であっても、やはり同じ。

 折れず曲がらず戦い続けられるようにと打った剣も、血に塗れたまま放置したり、雨曝しにしてるだけでも、きっと錆びて使い物にならなくなる。

 いやいや、そんな時間を掛けずとも、鋳溶かしてしまえばそれで終わりだ。

 作る時よりも壊す時に手間が掛かる代物なんて……、まぁ、僕が思い当たる中ではミスリルくらいじゃないだろうか。


 つまり何が言いたいのかといえば、国もそれと同じだという事だった。

 エルフ達が身を守れる国を作るより、エルフを襲う国々を残らず滅亡させてしまう方が、僕にとっては手間も時間もずっと少ない。


 ただ僕は、そうした手段は取りたくないのだ。

 自分は壊す者ではなく作る者……、なんて気取った台詞を言う資格がない事はわかってる。

 僕は生き物を殺してその肉を食うし、場合によっては遠慮なく力を、暴力を振るう。

 それでも自分の中で引いた一線は、余程の事がない限りは越えたくなかった。


 仮に僕がエルフを襲う国を壊滅させれば、奴隷として囚われ続けてるエルフが早く救われる可能性はある。

 もちろん人質として盾にされ、殺されてしまう場合もあるのだが。

 そして僕がエルフを襲う国々を滅亡させる場合、やはり多くの人間を殺す事になるだろう。

 西部の宗教を国教とする国に生きる人々は、その教えを信じて守っている、エルフにとっての敵になるが、だからといって全て殺し尽くしてしまいたいとは、僕にはどうしても思えない。


 そもそも人間とはそういう生き物なのだ。

 今回はエルフを含む異種族が対象だったけれど、そこに手が届かなければ同じ人間を相手に区別して、殺し合ったり奴隷にしたりするだろう。

 だから僕はエルフの被害を食い止めなければとは思うけれど、今更人間の性質に怒りを覚える事はない。

 彼らがそれだけの生き物ではなく、何かを生み出し育てる性質も併せ持つと知っているから。

 不思議で面白い事に、人間の他者を虐げ傷付ける性質と、生み出し育てる性質は相反するものではなく、時に両立しうるものなのだ。


 ……少し話は逸れたが、僕としてはこの件を可能な限り穏やかに着地させたいと思ってるし、エルフ達が僕の力を必要とするなら、その方向を受け入れて貰いたい。

 血はどうしたって流れるが、その量は減らせる筈だから。

 有り難い事にエルフ達が自らの身を守れる強い集団、国を成すというのは、僕の思惑にも合致する方法だった。



 エルフが暮らす蔦と葉を編んだ部屋には、隙間から日の光が差し込む。

 朝の訪れに目を開けば、鳥の鳴く声がする。

 木々の匂い、森の気配を、とても近くに感じた。


 さて、僕はこの穏やかな森の地に、エルフの国を成立させねばならない。

 しかし困った事に、何から手を付ければいいのかは、エルフ達に十年をこの地で過ごすと宣言した翌朝になっても、まだ思い付かないでいた。

 いやまぁ、僕は国の運営に実際に関わった経験なんてないのだから、仕方のない話だけれども。


 ただこれまで旅をしながら多くの国を、更にその移り変わりを目にしてきて思うのは、やはり国とは人の集まりであるという事。

 だから何から手を付けるよりも先に、僕がすべきはこれからエルフの国を成す人々、つまりはイネェルダに集まったエルフ達を、もっとよく知らねばならない。

 何をするにしても、やはりまずはそこからだろう。

 この地で暮らすエルフ達を知れば、彼らが抱える問題の、どれから手を付けるべきかもわかる筈。

 彼らが暮らす彼らの国は、僕の頭の中に作る物ではないから。


 身なりを整えて借り受けた部屋を出れば、近くに控えていたエルフがサッと一礼をする。

 あぁ、実に堅苦しくて、思わず笑いそうになってしまう。


「おはよう、レアス」

 僕が声を掛けてもレアスの堅い態度は変わらないけれど、今はそれも仕方ない。

 もう随分と前の話だけれど、アイレナだって最初はそうだったのだ。

 彼にも少しずつ、僕がそういった態度を好まないとわかって貰えれば、それでよかった。


 レアスは一応、僕の護衛になるそうだ。

 このエルフばかりのイネェルダでハイエルフである僕に害を成そうと言う者がいるとは考えにくいし、そもそも僕の方が彼よりも強いだろうけれど、エルフ達にも体裁というものがある。

 自分達の森に滞在するハイエルフに誰も付けないのでは、長老が他のエルフに非難されてしまうのだろう。


 流石に前線のリーダー格を、体裁の為に後方に配置するのは勿体ないと思わなくもないが……、それでもこの地に不慣れな僕にとって、誰かのサポートがあるのは心強い。

 それが若くして周囲の信頼を勝ち得るだけの人望と実力を持つレアスなら、或いは彼こそをエルフの国の代表に据える事にも検討の余地はある。

 もちろんそれはもっとレアスの為人を知り、また他のエルフ達も幅広く見知ってから決める話ではあるのだけれど。


「エイサー様、今日はどうなさいますか?」

 特にあてもなく歩き出した僕に、彼が問う。

 単なる散歩くらいの心持ちで歩き出したのだけれど、あぁ、でも問われたならばちょうどいい。

「そうだね。この地の未来を、一緒に考えられる知り合いを作りたいな。レアスは誰か、優秀だと思うエルフに心当たりはある?」 

 僕はレアスに、その未来を一緒に考えられる候補の一人である彼に、他のエルフを推薦して貰う事にする。


 エルフは長老を、長く経験を積んだ年長者を敬い生きてる種族だから、国を成すにあたって彼らをないがしろにはできない。

 だが僕は、国を成すには同じくらいに、若いエルフの力が必要だとも思うのだ。

 何故ならどんなに長く生きたエルフだって、国を成した事なんてないから。

 老いたエルフの積み重ねた経験が必要な時もあるだろうが、それを持たぬが故の若いエルフの柔軟さも、必ず必要になる筈。


 だが経験を積み重ねた、老いたエルフは長老を中心に探せば目星を付けるのは簡単だろうけれども、若く優秀なエルフはそう簡単には見付からないだろう。

 だからこそ僕は、その若く優秀なエルフの一人であるレアスに、他のエルフを推薦させる。


 今、このイネェルダの地には、多くのエルフが集まっていた。

 元よりこの地の森に住んでたエルフに、他の森から逃れて来たエルフ。

 人間との交流を持ってたエルフに、人間に恨みを持つエルフ。

 多くのエルフの中から誰を選んで用いたり、誰と交流し、どんな話をするかで、先の未来は大きく変化していく。


 そう考えると僕は、少し不謹慎かもしれないけれど、実にワクワクと胸が弾んだ。

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