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 そのエルフは、レアスから紹介された七人目のエルフだった。

「エイサー様が望まれる優秀なエルフかどうかは、ちょっとわからないのですが……」

 少し自信なさげにそう言って、レアスはそのエルフの経歴や特徴を教えてくれる。

 あぁ、成る程。

 確かに優秀かどうかはまだ判断は難しいけれど、でも確かに会って確かめるべきだと思えるエルフだろう。


 エルフがエルフを優秀であると思うかどうかの基準は、至って単純だ。

 それはどれだけ精霊と親しく触れ合い、その力を引き出せるか。 


 本来は森の恵みの一部を享受するだけで生きられる程度にしか集まらない、数を増やさないエルフにとっては、生きていく上で必要となる技術が殆ど存在しない。

 故に弓が上手いのも、蔦と葉を上手く編んで住居を作るのも、茎の繊維を撚って糸にして服やらを上手く作るのも、評価の基準にはならないのだ。

 ……あぁ、エルフ達は長く生きるから、ある程度の年月をそれに費やせば、誰もが上達するって考えてるせいかもしれないけれど。


 だが今の、エルフが人間の軍を相手に戦い、多くのエルフがイネェルダに避難して来た事で森の恵みだけでは食料が不足するといった、様々な問題が発生してる状況で僕が求める優秀さが、精霊と親しく付き合えるかどうかじゃない事は、レアスにもわかったのだろう。

 何しろ彼自身、前線のリーダー格に選ばれていたのは、精霊術の実力だけが理由ではないのだから。

 もちろん精霊術も周囲のエルフが納得して従うだけの実力はあったのだろうけれど、それだけで人間の軍と戦える訳じゃない。

 冷静に状況を判断して仲間のエルフに的確な指示を出し、更にそれに納得して従わせる人望があってこそ、誰からも一目を置かれて認められるようになるのだ。

 レアスは自身の経験から、僕が何を欲しているのかを理解する、本当に優秀なエルフだった。


 これまで見て来なかった目線でエルフを判断し、僕に推薦する。

 それはレアスにとっても決して簡単な事ではなかっただろうけれど、彼は精一杯に僕の要求に応えようと、幅広く特徴的なエルフの名前を挙げてくれるようになりつつあった。


 さてそんな風に紹介された七人目のエルフの名前は、テューレ。

 まだ会ってさえいないけれど、経歴や特徴を聞く限り、彼女はきっと変わり者の類だろう。

 テューレは今、食料不足を補う為にイネェルダに残された耕作地で農業を行うエルフ達の代表のような存在だ。

 しかし彼女が農業に携わっているのは、今のこの状況になる前、イネェルダに人間達が住んでた頃から、彼らに混じって土を耕し作物を育てていたらしい。


 いや、もう本当に、実に面白い話である。

 僕が知る限り、森の生活に物足りずに人間の世界に飛び出る変わり者のエルフは、多くが冒険者の道を選ぶ。

 それは冒険者としての生活が飛び切り刺激的だという事もあるけれど、世間を知らず伝手もないエルフが、他に選べる職業が殆どない事も理由の一つだろう。

 今、東中央部ではエルフのキャラバンという、伝手とエルフに世間を教育する場の二つを兼ねた存在があるから、冒険者以外の道を選ぶエルフも増えつつあった。


 でもこのイネェルダにはそれよりも以前から人間とエルフの交流はあって、エルフは人間の世界で、冒険者以外の道を選べていたのだ。

 もしもそうしてテューレが人間に混じって昔から農業に携わってなければ、耕作地が残されていても作物を育てる知識のないエルフの食料事情は、もっと逼迫したものになっていた可能性は非常に高い。

 以前にあった人間とエルフの関わりが、人間が去った後のエルフを支えてる。

 僕はそれを、本当に面白いと思う。


 いずれにしても、テューレが僕の望むような柔軟で優秀なエルフであろうがなかろうが、エルフの国の食料問題と向き合う時の為にも、会っておく必要がある重要な人物である事には間違いがなかった。

 何より僕自身が、彼女をこの目で見てみたい。

 今いる森の集落から、作物を育てる耕作地は些か遠くて移動に時間は掛かるけれども、そんな事は問題にならないくらいに、僕の興味は膨らんでるから。



 人間が残し、今はエルフ達が作物を育てる耕作地は、複雑に入り組んだイネェルダの地でも比較的奥深い、全体で見れば中央よりもやや東よりの位置にある。

 元々、森に覆われたイネェルダの地でそのまま農業に適した場所は少なく、木々を焼き払いもしなかった為に耕作地は限られていた。

 更に南や西、西部の宗教を国教とする人間の国との境に近い場所にあった村落や町は戦いで燃えてしまったから、エルフが利用できた耕作地は決して広くない。

 だからといって森を切り開いて食糧問題を解決しようとはならないのが、エルフのエルフたる所以だが、まぁそれは僕に少しばかり考えがあるから今はさておき、テューレに会う為にその決して広くはない耕作地を訪れた。


 けれども、あぁ、確かに、耕作地は決して広くはなかった。

 あの東中央部、小国家群のトラヴォイア公国、ジャンぺモンの広大な麦畑に比べれば、猫の額とまでは言わないが、狭い地をどうにか活用してるとの印象が拭えない。


 だがそこに生えた麦穂はずっしりと重そうに育ってる。

 麦だけじゃなく、……あちらに伸びた蔓は芋だろうか?

 土の下で育つ地下茎の様子は流石に見えないが、豊作を予感させる雰囲気はあった。


 エルフも、ハイエルフ程ではないけれど、多少は植物に対して働きかける力を持つ。

 その力があるからこそ、森の恵みを余す事なく受け取れて、それだけで生きていけるのだけれど……。

 だとしてもその力だけでどうにかなる程に農業は甘くない。

 少なくとも僕には、エルフよりもずっと強く植物に働きかけられる力を持ってはいても、こんなにも見事に作物を育てられはしないだろう。


 あぁ、あの真っ直ぐに伸びた茎の群れは、もしかしたらトウモロコシなんじゃないだろうか。

 ウィンからの手紙には、西部でそれらしき物を食べて戸惑ったって話が書いてあったけれど、……そうか、西部から西中央部に伝わったのは、宗教だけでは決してないのだ。

 もちろん僕が知るトウモロコシと同じ物であるかどうかは食べてみないとわからないが、近い物であるならば食料問題を解決する為の強い力になる筈。

 しかしやはり、それらを見事に育てているのは、農業に携わってるエルフ達の努力と、やはりその代表であるテューレの知識の賜物だった。


 僕が感心して畑を、そこに生る作物を眺めていると、背の高いトウモロコシらしき作物の群れの奥から、一人の女エルフが姿を現し、こちらを見て目を丸くして驚きの表情を見せてから、少し躊躇いがちにだけれども歩み寄って来る。


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