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 人生は諦めが肝心だとの言葉は、一体誰に聞いたのだったか。

 多分前世の……、思い出せないけれど、誰かだろう。

 その誰か曰く、この言葉はとても後ろ向きに思えるけれど、実はそうじゃないそうだ。

 諦めって言葉には明らかに見るって意味が含まれてて、諦めが肝心というのは、納得して受け入れる事なんだとか。


 執着を一旦捨て、諦めて明らかに見れば、目標を修正してそこへ至る道を見出せる。

 つまり物事を解決する為の教えが、諦めが肝心だとの言葉なんだとか。


 当たり前の話だけれど、全てを無条件にこの手に掴む事はできない。

 何かを欲すれば、何かを対価にしなければならないのが理だ。

 食べ物を欲するなら金を払うか、手間と時間を対価に自分で育てたり、狩りをする必要があった。

 他の誰かから奪うって手もあるけれど、それも良心や社会の庇護、自らの安全を対価の代わりに捨てていると言えるだろう。


 エルフを救い、人間とエルフの関係を改善させ、旅を続ける。

 全てを得る手段は、少なくとも僕には思い付かない。

 だから僕は明らかに見て、目標を修正し、対価を差し出してそこに至る道を考えた。


 エルフ達は見捨てられない。

 それをしてしまえば僕でなくなる。


 人間とエルフの関係の改善に、可能性は残したい。

 何というか、僕は異なる種族が仲良くしてる姿が、好きなのだ。

 これまでだってずっと、人間とエルフだけじゃなくてその間のハーフエルフに、他にもドワーフもそうだし、地人や翼人や人魚だって、彼らの関係が良好であれば嬉しかった。


 旅だって続けたい。

 ……だけど、時間はハイエルフである僕にとって、容易に差し出せる対価の一つだ。

 もちろん西部に向かい、ウィンに会うって目的を完全に捨ててしまう訳ではないけれど、そこに至るまでの時間が長引く事は、この際仕方ないと受け入れよう。


 十年だ。

 僕は十年を、このイネェルダに使う事に決める。

 あぁ、そう、この西中央部にはアイレナが、僕の代わりに表舞台に立ち、望みを叶えてくれる彼女はいない。

 ならば僕は、その十年を使って、この西中央部にアイレナを作ろう。


 エルフの国にハイエルフの王は君臨しない。

 その必要がないくらいに、エルフ達に認められ、彼らが故郷の森に帰る時まで、イネェルダを維持して守れる代表を、エルフの中に作るのだ。

 また西中央部の状況が変わるまでこの地が守り抜かれたならば、エルフと交流のあった人間達も、再びイネェルダに帰って来られる可能性はあった。

 短い人間の寿命はその前に尽きてしまったり、新しい土地での生活を捨てられずに戻ってこない、なんて可能性も同じくありはするのだけれど……。

 大切なのは、その可能性を残す事。



 そう決めて僕は、空から地へと視線を戻し、周囲のエルフ達を見回す。

 誰もが期待に満ちた目で、僕の返事を待っている。

 だけど僕の口から出る答えは、

「君達が森の範囲を越えて国を望むのは自由だ。自らの身を守る為にそれが必要だというのなら、尚更反対する理由はないよ。しかし僕は、……王という役割で、君達に奉仕をしない。僕は旅の途中で、目指す場所は他にある」

 力強い拒絶。


 別にエルフ達がハイエルフを崇めるのは構わない。

 だがハイエルフがエルフを導くのが当然だと思っているなら、それは大きな誤りだ。


 けれども彼らは、自分達で精一杯抗って、それでも足りずに切に助けを求めてる。

 その手を振り払う事を、少なくとも僕は平気と思わないから。

「だけど昔、僕が人間の世界に出たばかりで困ってた時に助けてくれたエルフがいた。同胞の縁により助力すると言って。そして彼女は、それから十年、僕を助けてくれた」

 この言葉は口実で、それに全てが正確って訳じゃない。

 だってアイレナが僕を助けてくれた年月は、十年じゃとても利かないから。


 でも、そうか。

 十年って時間が、僕の中のどこから出てきたのかわからなかったけれど、アイレナがヴィストコートで僕を助けてくれていた時間が、丁度それくらいだった。


「彼女はこの地に住むエルフではないが、やはり君達の同胞だ。だから僕も十年間、同胞の縁によりこの地のエルフに、時間と力を使おうと思う。多くのエルフが、いずれ故郷の森に帰れる日を迎えるまで無事に過ごせるように」

 ハイエルフの権威と力、人間の世界で過ごして蓄えた知恵と、ついでに前世の知識も使って、十年でこの地にエルフが安定して暮らせる体制の基礎を作り、多くのエルフを束ねる力を持った代表者を育てる。

 僕自身が実権を握るのではなく、その代表者の権威を保証する後ろ盾となろう。

 そうすればその代表者は、今後西中央部で僕の助けとなってくれる筈。

 東中央部でのアイレナと同じように。


 旅の最中、足を一旦止める寄り道にはなるけれど……、その寄り道が国造りというのも、派手で面白い。

 ウィンのいる西部に一刻も早く行きたいって気持ちは皆無じゃないけれど。

 この地のエルフを見捨てた僕と、この地にエルフが生きられる国を築いた僕、どちらと会えばウィンが喜ぶかなんて、考えるまでもないから。

 西中央部の状況が大きく変わるまでの短命の国になるとしても、今はその基礎を全力で築こう。

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