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以前は通り過ぎる程度だったから深く印象に残ってる訳ではないけれど、僕の記憶にあるパウロギアは貧しい国だった。
土地は痩せ気味で、水は濁っていて、暮らせない程ではないのだろうけれど、満たされる程には食えないし飲めない、余裕のない場所だったように思う。
確か産業としては、川底から採れる粘土を捏ねて焼いた、陶磁器で有名だったっけ。
人の行き来が少なく、運ぶ物もあまりない為、街道も随分と荒れてた事を覚えてる。
まぁ僕は街道なんて通らずに旅をしたから、殆ど関係はなかったけれども。
しかし今、ギアティカとなったこの地を訪れて驚いたのは、街道を人が行き交い、荷を一杯に積んだ馬車が走ってる事だ。
……もちろん街道だって、ちゃんと整備されている。
あぁ、ヴィレストリカ共和国の属国となった事で、この地は逆に豊かになった。
もしかすると、ズィーデンの動きも、ギアティカにとっては追い風だったのかもしれない。
カーコイム公国がズィーデンに攻め込まれた事で、ルードリア王国への道はギアティカ一つに絞られた。
ヴィレストリカ共和国とルードリア王国、二つの大国の交易路として、ギアティカには金が落ちるようになったのだ。
そりゃあ豊かになって当然だろう。
寧ろ以前のパウロギアが、ヴィレストリカ共和国と争って得られる富を放棄していた事こそが、実に愚かだったのだから。
だけどズィーデンが態度を緩和させた今、ルードリア王国への交易路はギアティカだけじゃなくなった。
小国家群からルードリア王国への、ズィーデンを経由しての取引が活発になれば、ギアティカを経由した取引にも徐々に影響は出始める。
状況が味方をしていた時は、全てが上手く回っただろう。
発展が容易いとは言わないが、維持はそれ以上に難しい。
何故なら発展は評価されるが、維持は評価され辛い。
それどころか、人は発展の途上だった過去と比較し、維持の現状に不満を抱く。
その不満を逸らし、解消し、国を運営して行くのは、きっと並大抵の事じゃない。
ましてやギアティカは属国で、宗主国であるヴィレストリカ共和国と、ルードリア王国という二つの大国に挟まれている。
大国の思惑に振り回される事だって、これから先は幾度となくある筈。
今のギアティカの統治者の質が試されるのはこれからなのだ。
しかしそれにしても、
「おいおい、エルフだぞ? 手を出すのは拙いんじゃないか?」
「馬鹿、こんな所を一人旅してるエルフだぞ。訳アリに決まってるだろ。チャンスだ」
「男ってのが残念だが、なんとか西に運べば高く売れる筈だ」
「なぁ兄ちゃん、妙な真似はせずに武器をこっちに寄こしな。エルフが使うっていう妙な力もなしだ。この槍で身体に穴をあけられたくは、ないだろう?」
……どうしようか。
夕暮れ時、隣を通り過ぎる幌馬車の中から飛び出してきた複数の男に囲まれて、素早く槍を突き付けられた僕は、内心で溜息を吐く。
交易路が豊かになれば賊の類が増えるのは道理だが、でもこの手の連中が駆除されずに生き残る事は難しい。
恐らく彼らは、格好から察するに普段は傭兵を名乗って馬車で移動を続け、こうして一人か、少人数で徒歩の旅をする、無防備な相手を狙って盗賊行為を働いて来たのだろう。
そんな知恵が働くならば、その知恵をもっと真っ当な事に使えばいいのに。
あぁ、もしかすると彼らは実際に傭兵で、けれどもズィーデンとヴィレストリカ共和国の戦争が終わり、職に困って盗賊行為に手を染めたのか。
傭兵だったなら腕もまぁ悪くはないのだろうけれど、どうやら彼らには、僕が余程に美味しい獲物に見えたらしい。
得られる金の計算、使い道を考える事に頭が忙しいのか、油断が透けて見えている。
だけど油断と言えば、僕も他人の事は言えない。
普段なら、怪しい馬車なんて接近される前に気付いただろうに、久しぶりに森の外の世界に興奮して、周囲の警戒を怠っていた。
具体的には、人里についたら食べられるであろうパンやスープ、焼かれた肉だの魚だのといった、今晩の夕食の事ばかり考えてぼんやりしてたから。
もちろんプルハ大樹海に比べたら、森の外の世界の方が安全だって気持ちもあるからだけれど。
正直、少し僕は不機嫌だ。
もうすぐ温かい食事に、久しぶりに人が作った、手の込んだ食事にあり付けると思ってたのに、それを邪魔されて。
精霊に頼れば一瞬で片は付くだろうけれど、今の僕の機嫌で加減ができるかどうかは、少し怪しい。
友である精霊は僕の感情に敏感で、特に今は不死なる鳥との出会いによって、また少し僕と精霊の距離は縮まっている気もするから。
殺してしまわない力加減は、あまりできる自信がなかった。
だから僕は、向けられた槍の穂先に対して無造作に前へと出る。
すると傭兵は、まさか僕が自分から槍に刺さりかねない動きを取るとは思わなかったのだろう、驚きに動きが一瞬固まった。
そうなれば後はもう簡単だ。
僕は手を伸ばして穂先の向こう、槍の柄を掴み、捻りながら軽く押し、更に強く引く。
体勢を崩した賊の一人を蹴り飛ばし、僕は槍を奪いざまにそれを振るい、他の賊も殴り飛ばす。
「なっ、テメェ、なに……うげっ」
驚きと怒りの声を上げる賊だが、槍の石突きに喉を突かれて、潰れた悲鳴と共に地を転がる。
反応が遅い。
口を動かす暇があるなら、即座に逃げるか反撃をするべきなのに。
僕は槍は専門ではないけれど、それでも東部で仙人に、武術の達人である王亀玄女から長物の扱いを教わっていた。
剣に比べれば槍の腕は未熟と言うしかないけれども、賊に落ちぶれた傭兵ごときに遅れは取らない。
瞬く間に、という程ではないけれど、速やかに全ての賊を叩き伏せてから、僕は大きく溜息を吐く。
何せ面倒臭いのはこの後なのだ。
まさか賊をこの場に放置もできないから、次の人里で兵士に突き出す必要がある。
事情の説明は求められるだろうし、そもそも運ぶのが一番面倒臭い。
殺してしまえばその手間も省けるが、僕は食べれもしない、素材も取れない命を、無駄に散らす事が好きではなかった。
命を取らなきゃならない程に、明確に敵だと認識できる程に、賊達は強くもなかったし。
幸いにも、この賊は馬車を使っていたから、それに乗せて運ぶとしようか。
僕は馬車に酔うけれど、御者をする分にはマシだから。
もしも馬車がなかったら、賊の首から下を土に埋めて放置しただろうから、幸いだったのは僕にとってか彼らにとってか、それは迷うところだけれども。
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