216
僕はサリックスと別れ、一人で深い森の中心を目指す。
道中、僕は霊木に頼んでわけて貰った、アプアの実を齧る。
歯応えと、口の中に広がる汁気、バランスの良い酸味と甘さ。
久しぶりの、食べ慣れた懐かしい味に、身体に力が満ちるのを感じた。
そんな僕を、撫でるように風が吹く。
サリックスは、僕に不死なる鳥が存在する場所を教え、そこに赴く事は許可してくれたけれど、他のハイエルフとの接触は禁じた。
それにはもちろん、他のハイエルフ達にも僕との接触を禁じなければならない。
だけど幾人かのハイエルフが、直接の接触が駄目なら風の精霊を介してと、僕の様子を探ろうとしているのだ。
その動機が好奇心からなのか、サリックスが言ったように、僕を気にしてなのかはわからないけれど……。
いずれにしても、やはり以前にこの深い森で過ごしてた頃の僕は、色々と物事が見えていなかったのだなと、そんな風に思う。
長老達の態度に理由があるなんて考えもしなかったし、溶け込もうとしてハイエルフらしい振る舞いに苦心してた事も、どうやら見抜かれてたみたいだし。
結局、僕は自分が前世の記憶を持つからと、子供でしかなかったのに大人のつもりで、色々と見切った気になって、思い込みだけで判断していたのだ。
傲慢だったし、視野が狭かった。
長老達を含む他の年嵩のハイエルフ達は、どんな気持ちであの頃の僕を見ていたのだろうか。
……何というか、考えれば考える程に羞恥が湧き上がってくるから、うん、あまり考えない事にしよう。
僕が伸ばした手に絡むように、風が流れて行く。
あぁ、今の風から受ける印象には、覚えがある。
この深い森では一番親しかったと言っていい知人、スミレの花と呼ばれるハイエルフ、ヴィオラの風だ。
懐かしい匂いが、僕の鼻をくすぐった。
そして彼女程にハッキリとではないけれど、他の風も、何となくだが誰だかわかる。
その中には、僕を生んだハイエルフ、血の繋がった生みの親のものも。
子を集落全体で育てるハイエルフには、親と子の関係なんてないも同然だと思ってたけれど、それでも気にしてはくれてるらしい。
それがどうにも嬉しくて、思わず笑みを浮かべてしまう。
「僕は元気でやっているよ。心配しなくても大丈夫」
これくらいの言葉なら、まだ独り言の範疇だから、接触にはならない筈。
いや、……ちょっと苦しい言い訳かもしれないけれど、まぁ見逃される範囲だろう。
深い森の中心に辿り着くには、僕の足でも数日は掛かった。
けれどもこの深い森での旅に、不自由は何もない。
魔物は結界に遮られて入れないから、歩き疲れればどこでも、枝の上でも木の根元でも、安心して眠れる。
時折見付ける泉はどれも清く澄んでいて、そのままでも好きに飲めるし、水浴びだって可能だ。
ここは寒くもなく、暑くもなく、豊かな森の恵みをわけて貰えば、飢えとも無縁な場所だった。
きっと多くの人は、この深い森のような場所を楽園としてイメージするのだろう。
それに飽きたなんて言って出て行った僕は、間違いなく贅沢者である。
だけどそれでも、僕の心は外に向く。
外の世界を知り、比較する事で、深い森の素晴らしさをより理解した今でも、尚。
そうして僕は、深い森の中心の、本来ならばハイエルフの長老達以外は立ち入れない領域へと辿り着く。
複雑に絡み合う木々とその葉に囲まれて、わかり易く区切られた、その場所に。
ここから先には、他のハイエルフ達も風を飛ばしてくる事はない。
ハイエルフの長老であるサリックスの許しがあるからだろう。
絡み合う木々も、僕の歩みを止める事はなく、スルスルと解けて入り口を作ってくれる。
あぁ、それだけで、わかった。
その入り口から漏れる気配だけで、その中にはとても巨大な存在が、僕を待ち受けているであろうと。
でも今更、足を止める事はない。
外の世界を旅して、僕は他にも色々と、大きくて力強い存在は目の当たりにしてきたから。
息を吸い込み、それから意識して口角を上げ笑みを浮かべて、僕はそこへと踏み込んだ。
不死なる鳥に、会う為に。
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