第183話
鍛冶は楽しい。
自らの手で硬い金属が形を変え、機能を備えた武器や道具に成るなんて、面白くない筈がない。
また納得が行く物ができた時の喜び、更に場合によってはその成果物を他人が認め、称えてくれる事さえあるのだ。
ついでに金も稼げる。
という訳でここ最近は思う存分に鍛冶ができて満たされているけれど、でも僕がジャンぺモンに来た本題は鍛冶仕事の為ではなかった。
七日に一度、自主的に鍛冶は休みと定めたその日に、僕は宿の娘であるアイナに手を引かれ、町はずれの丘へと向かう。
元より僕に興味津々だった子供のアイナは、鍛冶仕事の帰りに数回手土産に菓子を買って帰ると、驚く程にあっさりと懐いた。
あまりにちょろ過ぎて、思わず心配になるくらいに。
まぁでも、そういえば出会ったばかりの頃のノンナも割とちょろかったというか、即物的、現金な子だった気がするから、なんだか血の繋がりを感じもする。
向かう先はジャンぺモンの町で亡くなった人々が眠る墓地。
最初はシェーネが案内してくれようとしたのだが、彼女には宿を取り仕切る仕事があるから、そう簡単に手は空かない。
僕もジャンぺモンならそれなりに土地勘があるから、大まかな場所さえ教えて貰えれば大丈夫だと応じた所、そのやり取りを聞いていたアイナが自ら道案内を買って出てくれたのだ。
半ばピクニック気分で楽しそうに歩くアイナの姿に、僕の気持ちも和む。
変に気遣ってしんみりとされるよりも、実にありがたい道案内だった。
墓地のある丘からはジャンぺモンの町が、その周囲の麦畑も含めて一望できる。
そこに眠る人々が、安心して町を見守ってくれるようにと、一番眺めの良い場所に、敢えて墓地を作ったのだろう。
吹く風が、頬を撫でて通り過ぎていく。
『風は空に雲を呼び、雲は大地に水を撒く。
潤う大地は麦を育て、伸びる金の麦穂は吹く風に波立つ海となるでしょう。
そして石船は金色の海に、漂い浮かぶ。
船の名はジャンぺモン。
風と水と大地に愛されし、麦の町。
その美しき営みは、永遠に決して途絶える事なく……』
ふと詩を、口ずさむ。
それはずっと昔の詩人、ラジェンナ・ボガータの詩を、エルフの吟遊詩人であるヒューレシオがアレンジした物だ。
「あっ、それ! アイナ知ってる!」
嬉しそうにアイナが、僕の手を二度三度と引っ張っては笑う。
どうやらヒューレシオも、以前と変わらずエルフのキャラバンで詠い、歌ってるらしい。
彼らともどこかで、一度合流する必要があるだろう。
ノンナが眠る墓は、特に他と比べて目立つ訳でもなく、アイナの案内がなければ見つけ出すにはさぞや苦労しただろう場所に在った。
「隣が、ひいおじいちゃん」
教えてくれるアイナの頭を撫でてから、僕はノンナと、会う事のなかった彼女の夫の墓に、静かに祈る。
ノンナはどんな人生を送り、どんな男性と結ばれたのか。
初めて知り合った時のノンナは子供だったから、そんな彼女が天寿を全うして墓の下に居るという事が、実に奇妙に感じてしまう。
今、ノンナの曾孫であるアイナと、僕はこの墓の前に立っている。
だけどきっと、アイナも何時かはノンナと同じように、墓の下で眠るのだ。
もちろんそれは、まだ子供であるアイナにとっては遠い未来の話で、だけど僕にとっては、意外と遠くない未来の話。
……まぁ、わかり切った、当たり前の事なんだけれど。
「ねぇ、エイサーさんは、ひいおばあちゃんと、お友達だったの?」
祈りが終わるのを待って、アイナは僕にそう問う。
僕は頷き、彼女の頭を撫でる。
「そうだね。友達だよ。一緒にタルトを食べに行ったり、色んな話をしたんだ」
初めて会った時のノンナは、こうして頭を撫でれる大きさで、とても可愛らしかった。
次に会った時の彼女は、もう立派なレディで、僕も随分と助けられたものだ。
尤も大きくなっても、ノンナは甘いものが好物だったけれども。
今更、涙を流しはしないが、それでも振り返れば少しばかり感傷的にはなってしまう。
するとアイナは、頭に置かれた僕の手を、しがみつくように両手で握り、
「じゃあ! アイナがひいおばあちゃんのかわりに、エイサーさんとタルトを食べに行ってあげるね!」
そんな言葉を口にして笑った。
その屈託のない笑顔に、思わず僕も釣られて、笑みを浮かべる。
恐らく彼女の中では、単にタルトを食べたいのが八割か九割だろうけれど、残る一割か二割くらいは、好意からの申し出だ。
ならばその申し出は、謹んで受けさせて貰うとしようか。
……全く以て本当に、ノンナとアイナの間には、確かに受け継がれた何かを感じる。
もちろん、初めて出会った頃のノンナは今のアイナよりも多少年上だったから、もう少し客商売を弁えてはいたけれど。
今はアイナの幼さ故の無邪気さに、僕の心は和む。
『その美しき営みは、永遠に決して途絶える事なく……』
ヒューレシオは、まるで慰めのようにそう歌ったけれど、確かにその営みは、少なくともまだ、途絶える事なく続いてる。
僕はそれを嬉しく、たとえ永遠は幻想であっても、少しでも長く続いて欲しいと、そう思う。
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