第182話


「うーん……」

 打ち上がったばかりの小剣の刀身を、僕は角度を変えながら確認していく。

 鍛冶の腕は、或いは金属に対する僕の感覚は、やはり少しばかり鈍っていた。

 まぁ何せ旅の途中で最後に鍛冶をしたのは、扶桑の国の央都に滞在してた時だ。

 そこから扶桑樹を目指し、更に船を乗り継いで大陸の中央部へと帰って来るのに、それなりの時間は過ぎている。

 しかもずっと揺れる船の上で過ごしてたのだから、感覚が狂って腕が鈍るのも仕方がない話だろう。


 小剣の出来自体は、アリかナシかで言えば、……一応はアリの部類である。

 しかし僕は、いや、だからこそ僕は、その小剣を、納品せずに打ち直す事に決めた。


 もし仮にこの小剣を納品すれば、更に数本の剣を打ち、僕の感覚が戻ってきた頃にきっと激しく悔やむ。

 その時になって打ち直したくても、一度合格だと判断して納品してしまえば、もう遅い。

 本当に出来が悪ければ、鍛冶師組合だって受け付けはしないだろうけれど、……多分これは凄く傲慢な言い方になるけれど、この小剣でもそこらの店に並ぶ物よりも質は良いのだ。

 東方への旅を経て、鍛冶の技法も更に色々と学んだ僕は、間違いなく以前よりも腕を上げている。

 ……今は少し、不調だけれども。


 だからこの小剣の打ち直しを決めれるのは今だけ、僕だけである。

 僕は、自分に対して、嘘は吐けない。


 今回、僕が鍛冶師組合に提示された仕事は、三つ。

 一つ目は砦に詰める兵士達に提供する武器、規格の決まった槍と小剣の量産。

 二つ目は以前にもこの町で受けた記憶のある、他の鍛冶師達への見本となる全力の逸品の製作。

 三つ目は町の領主、……つまりはトラヴォイア公国の王に献上する為の宝剣を打つ事。


 好きな物を選んで良いと言われたので、僕は取り敢えず一つ目を選ぶ。

 全力の逸品の製作や、宝剣を打つ事に興味がない訳じゃなかったけれど、今、この町が最も必要としてるのは、兵士が使う武器だろうと判断したから。


 量産する仕事である以上、素材となる鉄だってあまり拘れないし、一つ一つの製作に時間を掛け過ぎる訳にもいかない。

 大きさ、形状も決まっているから、できる工夫にだって限界がある。

 結局のところ、どうあってもそれなりの品になるだろう。


 けれどもその限られた条件の中で、僕はできる限りを尽くしたかった。

 何故なら今から打つ槍や小剣は、兵士が命を預ける武器なのだから。


 もちろん武器の出来が多少良かったところで、それを握る兵士が必ず助かる訳じゃない。

 むしろ兵士の生死には武器の出来なんて関係ない事が殆どの筈。

 でも普通ならば武器が折れてしまうような状況で、それでも僕の打った武器が折れずに耐え、兵士が命を拾う事だって、絶対にないとは言い切れないのだ。

 そしてそういう出来事が起きる確率は、僕ができる限りを尽くせば、またその上で一本よりも十本、十本よりも百本と数を打てば、僅かであっても高くなる。


 幸い、僕の仕事の手は早かった。

 それは鍛冶の師であるアズヴァルドもまた、仕事の手が早かったからだ。

 故に一本、二本、三本と納得が行かずとも、四本目から満足の行く出来の物が打てれば、遅れを取り戻すのは決して難しい事じゃない。


 そうして纏まった数が打てた後なら、二つ目の依頼や、三つ目の依頼も受けてみても良いだろう。

 特に二つ目の、他の鍛冶師達への見本となる全力の逸品の製作に関しては、同じ依頼を受けた数十年前の僕よりも、今……、はともかく、感覚を取り戻した僕の方が確実に腕はずっと上だから。


 僕は流れる汗を拭い、大きく息を吐いて気持ちを整え、小剣の打ち直しに取り掛かる。

 炉に空気を送り込むふいごの音、叩いた鉄の奏でる音が、錆び付きかけていた僕の感覚を研いでいく。

 鋭く、もっと鋭く。



 尤もそれでも夕暮れには、仕事は終えて道具も片付け、鍛冶師組合の職員にひと声掛けてから、宿への帰路へとつくけれど。

 まぁこれも昔通りの習慣だった。

 どうしても手の離せぬ作業が続く場合は、鍛冶場に籠り切りになる事だってなくはないが、区切りが付くならその都度に休息は取るべきである。


 作業に没頭している時は、次第に集中力が増していくかのような感覚を得られる場合もあるけれど、それは殆どが錯覚だ。

 疲労により次第に余裕がなくなるから、周りが徐々に見えなくなって、その結果として集中力が増してるように感じるのだと思う。

 自分が本当に集中できていたのか、それとも疲れからくる錯覚をしていただけかは、手元に残る製作物の出来が雄弁に語るから。

 どんな風に感じていても、結果は嘘を吐きはしない。


 その辺りの事を、最初に教えてくれたのはやはり鍛冶の師であるアズヴァルドだった。

 種族的に体力に恵まれたタフなドワーフですら、長時間の作業を続ければ効率は低下する。

 ましてや彼ほどの体力はどうしても望めない僕は、もう少しと思ってしまう気持ちに蓋をしたり、作業を一定時間で中断できるように管理する事だって必要なスキルであり、鍛冶の実力に含まれるだろう。


 日が沈みかけたジャンぺモンの町には、穏やかで心地良い風が吹く。

 夕陽に朱くそまる石造りの町は、そこかしこから夕食の匂いがして、僕の腹を鳴らす。

 大陸の東部を旅した日々は常に新しい物や人に出会えて面白かったが、こんなのんびりとした日常も、僕にはまた楽しく思えた。

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