第161話


 件の話を聞いた次の日、僕はゴン爺に鍛冶屋を、それも刀鍛冶を紹介して欲しいと、頼み込んだ。

 その理由は唯一つ、聞かされた話に出てきた彼女の、ユズリハ・ヨソギの流れを受け継ぐ、ルードリア王国のヨソギ流の皆に、刀を手渡したくなったから。

 実際には、今のヨソギ流の、僕が知るカエハの子ら、孫らは、ユズリハ・ヨソギの子孫って訳じゃない。

 正確に言うならば、ユズリハ・ヨソギが守り逃がした、弟の子孫になるのだろう。


 そして今のヨソギ流は、既に形の違う直刀を使い、独自の技術を構築してる。

 そこに刀を渡されても今更で、戸惑いが生じるばかりかもしれない。

 以前は確か、そんな風に考えた。

 けれども扶桑の国の刀と、今使われている直刀の違いに、失われた技もある筈だ。

 どちらを使うかは、彼らが決めてくれればいい。


 彼らがルードリア王国に根付いた時には、もう手に入らぬからと刀を諦め、中央部でも手に入る直刀を選んだのだとしても、今は違う。

 僕が刀鍛冶の技法を覚え、ヨソギ流の道場で育った鍛冶師達に伝えれば、……ヨソギ流には再び刀を手に取るって選択肢も出てくる。

 好きな方を選べるのだ。

 また、その二つの違いを知る事で、新たな技だって、生まれるかもしれない。

 いや、きっと生まれるだろう。

 だってヨソギ流なのだから。



 ゴン爺は少し迷った様子だったが、サクジという名の老鍛冶師を紹介してくれた。

 彼はゴン爺よりは年下だが、本当ならばとっくに鍛冶師を引退していてもおかしくない年齢で、けれども今は弟子の育成を主な役割として、未だに鍛冶場に携わっているらしい。

 そんなサクジ、もといサク爺も、突然異国の、それもこの国では見る事のない種族であるエルフに弟子入りを申し込まれて戸惑った様子だったけれど、大陸で長く鍛冶師をしてきたと告げれば、その態度も大きく変わる。

 そう、旅をしながらではあるけれど、鍛冶に携わってる年月ならば、僕はサク爺に劣らない。

 もちろん、腕の方もその年月に見合う自信は、十分にあるのだ。


 故にサク爺は、僕を弟子として扱うのではなく、客として鍛冶場に迎えると言い出す。

 彼の知らぬ鍛冶の技法、つまり僕が大陸で身に付けたそれを見せれば、同じようにサク爺もこの国の鍛冶の技法を僕に教えてくれると、そんな風に。

 つまりは技術交換だ。

 それは僕にとって少しばかり予想外だったけれども、面白く、都合の良い提案だった。


 本来ならば、刀鍛冶の技法は秘匿の対象であってもおかしくない。

 しかし門前払いどころか、技術交換の形で話が纏まったのは、やはり武術と同じく、鬼との戦いに役立つ技法を共有しようとする、扶桑の国の考え方が染み付いているからだろう。

 おかしな言い方になるけれど、扶桑の国と、そこに住まう人々は、必要に迫られて懐が深いのだ。


 弟子入りをした場合、刀鍛冶の技術の習得には最低でも五年は必要で、それも最初は下働きからとなる。

 だが僕の場合は弟子入りではなく、互いの技術交換で、流儀は違えど鍛冶の技量は優れているからと、すぐに実践に移れる事となった。

 ……恐らく他の、真っ当に弟子入りをして学ぼうとする見習いから見れば、或いはそれは非常に腹立たしい話だと思う。


 けれどもサク爺が客と決めた僕に対して、彼の弟子達は誠実で、また貪欲だった。

 サク爺が僕に鍛冶を教える時も、僕が大陸の鍛冶の技法を見せる時も、彼らは誰もがそれを少しでも吸収しようと、邪魔にならない程度に傍まで近づいてくる。

 人間は、時に欲に溺れて道を踏み外し、調和を忘れ、他者に害を与える生き物だ。

 だけど同時に、その欲があるからこそ、そうして己を高め、先に進もうともする。


 もちろんそれは、人間だけがそうだという訳ではないけれど、人間に顕著な特徴だと思う。

 だから僕は、そんな人間が好きだった。



 刀の素材になるのは、玉鋼と呼ばれる良質な鋼だ。

 その製鉄法、それから鋼の硬さの見分け方を教わった。

 硬い鋼と柔らかい鋼で、それぞれに用途を異にするから。


 刃となる皮鉄(かわがね)には、硬い鋼を。

 芯となる心鉄(しんがね)には、柔らかい鋼を。


 鋼を積み重ねての鍛錬、鋼の沸かし。

 彼らは鍛冶に、藁を燃やした灰や泥の汁まで使う。

 僕が知る鍛冶とも共通点は多いが、全く異なる点も、少なくはない。


 それから鋼を折返しての鍛錬。

 心鉄に皮鉄を巻き付けて熱する造込み。


 そうした作業を知るうちに、僕は一つの結論に達する。

 恐らく僕がアズヴァルドから教わった刀らしき物の打ち方は、ドワーフ達が完成品の刀を見て、それを再現しようとした製造法だったのだろうと。

 両者の違いを知るうちに、僕はそう考えるようになった。


 これは勝手な想像だけれど、この国を出て、ルードリア王国に辿り着いたヨソギ流の祖先達は、その地で知り合ったドワーフの助けを得て、根付いたんじゃないだろうか。

 そしてその為の対価として、ドワーフ達に刀を譲り渡したのだ。

 ヨソギ流の祖先達は剣士ではあっても、鍛冶師ではなかったから、刀を持っていてもその製作法を知る筈もない。

 故にドワーフ達は現物からそれを再現する方法を研究して、……しかし完全な再現には至らなかったのだろう。


 そう考えると、僕は実に楽しい。

 だって昔の話とはいえドワーフ達が求めて手に入れられなかった、遥か東の地に伝わる鍛冶の技術を、今の僕は学んでいるのだから。

 この話をアズヴァルドにすれば、僕の鍛冶の師は、一体どんな顔で悔しがるだろうか。


 その為にも、僕はこの技術を完全に、一つも漏らさず、身に付けなければならない。

 単に覚えるだけじゃなく、咀嚼し、飲み込み、自らの技として。


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