第149話


 僕が、僕の物語を真なる竜に語り始めてから一ヵ月が経った。

 最初は要点を掻い摘んで話す心算だったのに、竜がもっと詳細にって五月蠅いから、話は全然進んでない。

 多分まだまだ時間は掛かる。


 真なる竜に語る時間は、一日に一時間と決めた。

 寝る前の読み聞かせとしては、それくらいが限度だろう。

 それ以上に語り過ぎれば、竜だって逆に目が冴える。

 まぁ、気長に少しずつ語ろうか。

 別に先を急ぐ訳でもないのだし。


 しかし一日に一時間だけしか語らぬのなら、他の時間は暇になる。

 ……と思いきや、以前に交わした約束通り、王亀玄女が白猫老君を伴って黄古州にやってきたので、案外そうでもなくなった。

 黄古州に長居するなら、その間に大刀の魔剣を打ってくれと、王亀玄女は僕にそう言う。

 更に、これは本当に予想外で驚いたのだけれど、魔剣を見た白猫老君は、僕に鍛冶を習いたいと言い出したから。


 白猫老君曰く、魔剣に使われてる術式、紋様は既知の物。

 だが刀身に掘った紋様を保護する為の工夫は面白く、そもそも術式として機能するように正確に、紋様を彫る技術に興味があると、彼は言う。

 識師達の使う札は白猫老君が考えた物だが、紙に正しく紋様を描く事は、やはり技術が必要だ。

 それでも元より魔術師達は、学びの為に文字を書く、紋様を描く練習はするから、比較的習得のし易い技術ではある。


 だけどこの魔剣は、鍛冶と魔術という、本来なら全く縁のない二つの技術が組み合わさった物だ。

 中央部で魔道具が流行らなかった理由は、魔道具を使うよりも魔術を行使した方が手っ取り早いからであり、また魔道具に術式として機能する正確な紋様を彫るのが難しかったから。

 僕は魔術を学ぶ前から鍛冶技術を習得していたし、カウシュマンは師がドワーフだった為、後者のハードルの高さをあまり気にしなかった。

 故に僕らは魔道具の研究を進めようと思えたし、実際に魔剣を打つ事にも成功したのだろう。


 それが白猫老君にとっては真新しく、興味深く感じたらしい。

 使い捨てでない魔道具や、武器としての機能を魔術で高める魔剣。

 それらを是非とも自分の手でも作ってみたいと、僕に向かって熱く語った。

 ……白くて長い髭のお爺ちゃんが。


 いやまぁ、仙人に年齢は関係ないのは知ってるけれど、お爺ちゃん大丈夫? ハンマー持てる? ……と、どうしても心配になってしまうのは、仕方ないと思うのだ。

 見た目がお爺ちゃんで、実際に僕よりも年齢が上の相手って、これまであんまり会った事がないから、偉そうに物を教えるのとか、気後れしてしまう。

 ただ白猫老君の気持ちは僕にも良く分かるし、丁度時間を持て余しそうだったから、結局は引き受ける。

 その代わりに、白猫老君からは識師達の使う札に使われている特殊な蝋の組成や、術式の知識を教えて貰える事になった。

 すると王亀玄女も、大刀の魔剣の対価として、黄古帝国の武器の扱いを教えてくれると言い出して、僕が過ごす日々は一気に忙しさを増す。


 真なる竜に語り、サイアーに乗って森を散歩し、城の一角に整えた鍛冶場で白猫老君と共にハンマーを振るって、魔術の書物を読み、王亀玄女に武術を習う。

 ちょっと詰め込み過ぎの日々は、飛ぶように過ぎていく。


 仙桃を齧り、森の空気を胸に吸い、耳を澄ませば、木々の声が、精霊の声が、とても間近に聞こえた。

 真なる竜と語るようになってから、色んな物の声が、以前よりもよく聞こえるのだ。

 この世界が、より近くに感じられる。



 王亀玄女と並んで大刀を振るう。

 実際にこれを握るまでは、遠心力で強大な威力を叩き込む武器、という認識だったのだけれども、……実は意外とそれだけじゃない。

 もちろん強力な一撃は長物の真価だが、繊細な動きが増幅されて生まれる多彩な変化もその特徴だった。

 というか、こんなに簡単に相手の下半身を狙えるとか、ちょっとばかりズルいんじゃないだろうか。


 ズルいと言えば、黄古帝国の武器には暗殺者が用いる隠し武器、暗器の類も豊富だ。

 特に縄標と呼ばれる紐付きの投げナイフのような武器は、動作から繰り出される攻撃と、武器の軌道が全く違っていて面白い。

 その動きは蛇のようであり、蜂のようであり、魔物の尻尾のようでもあり、しかしそれらとは全く違う、予測できないものだった。

 この武器の対処も王亀玄女は教えてくれたけれど、彼女に会う前にこの武器を使う暗殺者に狙われるような事がなくて、本当に良かったと僕は思う。

 もしも事前情報なしにこの武器と相対すれば、興味が湧いて観察しようとして、思わぬ不覚を取る可能性がゼロじゃない。


 だがまぁそれはさておき、

「ねぇ、玄女。今日さ、真なる竜から、黄金竜から聞いたんだけど、……真なる竜って全部で四体いるそうなんだけど、他の居場所って知ってる?」

 つい先程に、真なる竜から聞かされたばかりの話に抱いた疑問を、王亀玄女にぶつけてみた。

 この頃は、僕から話を聞くだけじゃなくて、真なる竜からも色々と僕に教えてくれる。


 でも突然こんな爆弾みたいな話をぶつけられても、僕としてもどう処理していいか困るのだ。

 そう、僕からこんな話を振られた、王亀玄女みたいな顔になってしまう。


「い、いいや、しらないね。急にそんな話をしないでおくれよ。心臓が止まりそうだ。……一応、聞くけれど、冗談じゃないよね?」

 やっぱり知らないか。

 仙人達が知らないのなら、少なくともこの大陸東部には、他の真なる竜はいない筈。

 恐らくは他の大陸、或いは海の中、または雲の上の世界に、眠っているのだと考えられる。

 近くにいるなら、何とか接触して今の世界は悪くないと言い聞かせようかと思ったけれど、どうやら難しそうだった。


 またその他にも、神々が真なる竜を真似て生み出した、別種の竜もいるそうだ。

 恐らく人の間で竜を見たとの話が伝わってたりするのは、この別種の竜を見たのだろう。

 真なるエルフに対してエルフが、真なる竜に対して別種の竜が存在するなら、真なる巨人に対する偽の巨人だって、恐らくどこかに存在してる筈。

 この世界はまだまだ、僕の知らない事だらけである。


 首を横に振った王亀玄女は、二度、三度と深呼吸をして、落ち着きを取り戻す。

 それから僕を見据えて、

「少なくとも私が知る古き者が関わる話は、後一つしかないよ。三日月の形をした東の島国、そう、エイサーの目的地さ。そこは南に住む人と、北に住む鬼が争う地でね」

 そんな事を言い出した。


 鬼。

 初めて耳にする種族だ。

 堕ちたる仙人は吸血鬼、吸精鬼と呼ぶが、何らかの関係があるのだろうか。


「そこに住む鬼が、真なる巨人を崇めてる。……鬼は、エイサーにも分かり易く言えば、魔族の生き残りの末裔さ。滅びかけた魔族の一部を、真なる巨人が匿って、あの島の最北にこっそりと逃がした」

 ……魔族。

 獣が魔力の影響で魔物と化すように、魔力を用いて進化を図った人の総称。

 人間だけでなく、エルフやドワーフ、多様な種族が魔族になり、……危険と判断されて滅ぼされた。

 ハイエルフはその魔族を、滅ぼした側の一員である。


「当初、生き残りの数は少なかったから、その地でひっそりと住む分には問題なかったんだけどね。数を徐々に増やしていけば、住処は手狭になってしまう」

 だからより居住に適した場所に住んでた他の種族、人との間に争いが起きた。

 その結果、当初は最北部の山中にのみ住んでいた鬼は、今では島の北半分を支配してる。

 また南に住む人々は、当初は幾つもの国に分かれていたけれど、鬼に対抗する為に一つになっているらしい。

 そして恐らくヨソギ流は、鬼に滅ぼされた国から、西へと流れて行った流派なのだろうと。


「だからね、エイサーがあの国に行っても、恐らく望む物は見れない筈さ。あの島の中央には、巨人が植えたとされる古い巨木があって、扶桑樹と呼ばれてる。だから北の鬼も、南の人も、自らの国を扶桑の国と呼ぶ。……あの地には、争いしかないんだよ」

 そういった王亀玄女は、再び大刀の素振りに戻る。

 どうやらそれ以上を話してくれる気は、ないらしい。

 扶桑樹の生えた島。

 僕がここを発ち、その地を踏むのは、果たして何年後の事になるのか。


 たとえそこに争いしか待っていなかったとしても、僕はやはりその地を目指そう。

 元より何かを期待してた訳じゃない。

 土産話は……、真なる竜なんて物に出会ってしまったから、もう十分といえば十分なのだけれども、そう、扶桑樹には興味が湧いた。

 どうせ中央部に戻るのならば、その巨木を一目拝んでからがいい。


 そう決めた僕に、王亀玄女はもう、何も言いはしなかった。

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