第150話


 僕が真なる竜、黄金竜に語り始めて、七年程が経った。

 いや正直、自分でもよくこれだけ詳細に、自身の生きて来た時間を語れるものだと、びっくりしてる。


 白猫老君と竜翠帝君は何故だかサイアーを気に入って可愛がり、番いとなる馬をどこからともなく連れて来た。

 子が生まれ、城の一角にはサイアー達の為の運動場、放牧地まで造られてしまって、……正直この先の旅に、サイアーを連れて行くべきかどうかは少し悩む。

 ……サイアーが一番懐いてるのは、それでも間違いなく僕だけれど、ついでにその子らも、物凄く懐いてくれてるけれど、彼らが恵まれて暮らせるのは間違いなくこの場所だろう。


 元より僕は、旅の都合によってはサイアーを手放す気で居たのだ。

 もちろん譲る相手は厳選する心算だったけれど、間違いなくこの先、仙人達以上に良い相手なんて見つからない。

 だったら彼らにサイアーを任せるのは、恐らく最良の道である。

 こう、僕が寂しいなあって思ってしまう事を除けば。


 黄金竜に語る話は、漸く黄古帝国へと辿り着く。

 もう然して遠くなく、僕が彼に語る話は尽きる。

 旅立ちの時は、もう近い。

 まぁ僕は、別れにはちゃんと慣れているから、最も良い道を選ぶとしよう。


 そういえばこの七年掛けても大刀は程々に扱えるようになった程度だが、剣に関しては王亀玄女にも褒められた。

「エイサーの為にあつらえたような剣技だね。……いや、本当に師が、エイサーの為にあつらえたのだろうさ。もう存命でないのが本当に惜しいよ。一度で良いから、会ってみたかったのにさ」

 ……なんて風に。

 いや、でも褒められたのは僕じゃなくて、振るう剣技、それにカエハである気がするけれども。

 師であるカエハが褒め称えられるのは、僕が褒められる以上に嬉しい事だから、何の問題もありはしない。


 大刀、長物の扱いを学んだ事で、僕の剣は、また一つ前に進んだように思う。

 特に間合いに関しての理解は、確実に深まった。

 少しずつ、一歩ずつ、ゆっくりと僕は前に進み、積み上げる。

 カエハのように、たった数十年では届かないけれど、彼女が最期に見せてくれた極みへと、何百年掛けてでも、僕は必ず辿り着く。

 その目標が、この七年間でしっかりと確認できた。 


 まだ旅の最中ではあるのだけれど、足を止めて振り返ってみれば、実に得る物の多い旅である。

 尤も長い旅に大きな長物は邪魔になってしまうから持ち歩かないし、実際に振るう機会はなさそうだけれども。



「そうして僕は、そろそろ旅立つ日が近づいている事を再確認して、今日も君に会いに来た。……そう、黄金竜、君に語る話は、今この瞬間に、この時に追いついたよ。だから話はお終いだ」

 僕は真なる竜、黄金竜にそう告げて、その鱗から額を離す。

 すると黄金竜は、大きな目を細めて、

「あぁ、友よ。友の過ごした時間、我も存分に楽しませて貰った。怒り、悲しみ、喜び、愛し、……今残るは切なさと、満足感だ。友よ、そなたの世界は、素晴らしい」

 そんな随分と大袈裟な事を言いながら、身体を揺すった。


 不意の行動に僕が驚くと、バラバラと、大きな鱗が数枚落ちて傍らに転がる。

「友よ、つまらぬ物で悪いが、礼の心算だ。友なら何かに、使えよう。見せてくれた友の世界には、我が為に割いてくれた時間には、とても釣り合う物ではないが、どうか許せ」

 拾ってみると、とても軽いし薄い……が、やっぱり大きい。

 ちょっとした盾ほどもある。

 どうしようかな……。


 僕を友と呼ぶのなら、別にお礼なんて気にしなくて良いのに。

 そんな風に思い、鱗の扱いに悩んでいると、黄金竜は薄っすらと笑ったようだった。

「素晴らしき世界を、我が焼き払う必要はない。また暫し眠るとしよう。何時かまた、ここを訪れ、話を聞かせてくれるなら、嬉しく思う」

 彼はそう言って、目を閉じる。

 あぁ、それもいいかも知れない。

 何時か僕に、語りたい話が沢山溜まれば、黄金竜に聞いて貰うのも、きっと楽しいだろう。


「お休み、古い友達。じゃあまた何時か、話をしよう」

 僕はそう言って、彼に背を向ける。

 黄古帝国での僕の役割は、そうして終わった。


 残る問題は、この鱗をどうするかって事だけだ。

 いや本当に、どうしよう。

 気軽に持ち歩ける物じゃないし、誰かに簡単に譲れる物でもない。


 黄金竜の口ぶりでは加工しろとの事だったけれど、……果たして可能なのだろうか?

 砕いて細かくできるなら、貼り合わせて鎧にしたり、外套の裏地に仕込んだりもできる。

 熱で熔かせるなら、金属に混ぜ込む事も、試せるだろう。


 だけど仮にも、真なる竜の鱗なのだ。

 そう簡単に砕いたり、ましてや熔かせる気は、全く以てしないのだけれど。

 まぁ地上に戻ってから、仙人達に相談しよう。

 ちょっとこれは、僕だけの手にはどうしても余る。


 想定していた旅立ちは、黄金竜のお礼、或いは悪戯により、ほんの少し伸びそうだった。

 けれども悪い気持ちは全くしない。

 それどころか僕は、今とても、ワクワクしてる。

 もしも次に、この地を訪れて黄金竜と語る日が来たならば、最初の話題は彼の鱗をどうしたかになるだろう。


 いずれにしても、世界はまだまだ、これからも続く。

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