第144話

 さて、王亀玄女に引き合わされた次の日、僕は短い滞在期間でも、何かできる仕事はないかとサイアーの背に揺られながら、町中を散歩する。

 相手が豊かで満ち足りてるなら、そこに便乗させて貰うのも悪くはないのだが、……地人は決して豊かではない。

 金銭的な面に関しては、出稼ぎや彼ら自身の身体から剝離した鉱物や宝石を加工し、それなりに蓄えはあるそうだ。

 しかし水や食料は、黒雪州では得る手段は乏しく、外からの輸入に頼ってる。

 そんな貴重な水と食料を、僕やサイアーは地人以上に消費するのだから、ゴロゴロしてるだけでは心苦しいにも程があった。


 因みに見て回っても、黒甲の町には商店の類は数は少なく、またやり取りは全て物々交換で、金銭の類は流通してない。

 どうみても経済が発展してるとは言い難いが、それも止む得ぬ理由がある。

 何故ならこの地で最も価値のある物、水や食料が、城からの配給制になっているから。


 自由な売買が行われ、経済が発展し、貧富の格差を生じさせられる程に、この町には余裕がないのだ。

 もちろん城には、ある程度の水や食料が蓄えられているだろう。

 だがそれは何らかの非常時に放出する備蓄であって、誰かが浪費する為の物ではない。


 ふと気付けば、散歩する僕とサイアーの後を、好奇心旺盛な子供達が幾人も付いて来てる。

 まだ黒雪州の外に出た事のない子供達は、地人以外の人を、馬だって初めて見たのだろう。


 ……僕は少し考えてから、サイアーの背を降りた。

 勇敢にも近寄ってきた先頭の男児、人間で言えば七、八歳に見える子供を抱き上げてみれば、……やはり見た目よりも結構重い。

 だけど旅装を身に付けた僕よりはまだ軽いだろうから、抱き上げた彼をサイアーの背に、鞍に跨らせる。

 そういえば地人の寿命は、成長速度は、どの程度の物なのだろう?


「100歩で別の子と交代ね」

 僕がそう告げれば、地人の男児は喜びに目を輝かせて頷く。

 サイアーが戸惑うようにこちらを振り返るから、僕はその首を撫でて宥め、手綱を引いて歩き出す。


 いーち、にーい、さーん、しー……。

 男児が数える大きな声に耳を傾けながら、町を行く。

 サイアーの背に乗って眺めた町と、自分の足で歩く町は、また大きく違って見える。

 まぁワラワラと寄って来た子供達に囲まれてるせいかもしれないけれど、先程までは見えなかった、貧しさの中の活気と力強さを、確かに感じた。


 百まで数えた男児は我儘を言うでなく素直にサイアーの背から降りて、別の子供に順番を譲る。

 この黒雪州では、譲り合わなきゃ生きて行けないと、こんな小さな子供でも知っているから。

 僕は次の子、今度は女児を抱き上げてサイアーの背に乗せて歩く。

 数える声は先程よりも小さいけれど、コロコロと可愛らしい声が耳に心地好い。



 では僕は、こんな地人達の為に、一体どんな事ができるだろう。

 鍛冶仕事は、悪くない。

 魔物の脅威も高い地域であるから、武器や防具の需要は高いし、僕だってこの地に特有の技術を学べる。

 だが今回の滞在時間は、鍛冶で成果を出すにはあまりにも短すぎだ。


 するとやはり、定番だけれど水の、水場の確保か。

 黒雪州はその名の通り、冬には雪が降るらしい。

 火山灰を纏った黒い雪でも、その正体が水である事には変わりはないだろう。

 また冬以外にも、雨だって降る。


 故に得られる水に乏しいこの地にも、水が存在しない訳じゃない。

 ただその水が、積もった火山灰の下へと、深く深く潜り込んでしまってるだけ。

 僕ならその深くもぐりこんだ水を察知し、そこへの井戸を掘る事も決して難しくはない。


 ……但しそれは、王亀玄女に一度相談してからにしよう。

 僕は仙人の術には詳しくないが、自然に干渉する物ではある事くらいは知っている。

 王亀玄女にだって水探しの術は存在し、けれども何らかの理由で敢えて井戸を増やしてない可能性はあるから。

 実際の井戸掘りは確認し、許可を取ってからの方が良い。

 滞在させて貰うお礼に働くのだから、どうせなら喜んで欲しいし。


 子供を抱き上げて交代させる際、女児に耳を掴まれる。

 どうやら彼女には、エルフの尖った耳が珍しかったのだろう。

 いやはや、なかなかやる物だ。

 故郷の深い森を出てから随分と経つが、そっと耳に触るくらいなら兎も角として、鷲掴みにしたのはこの子が初めてである。

 女児の身体を覆う地人の証は、鉱物でも宝石でもなく岩になるのだろうけれど、それでもこの子はきっと大物になる予感がした。


 でも引っ張られると痛いので、説得して放して貰ったけれど。

 うん、僕はそれくらいじゃ、怒ったりはしないし、素直に謝ってくれると嬉しく思う。


 他には、うぅん、この地で育つ作物を探すのも、悪くはない。

 火山灰と一口に言っても色々あって、そこに含まれる成分次第では、一部の作物の栽培に適する事もある。

 また空に浮遊する灰のせいで届く陽光は薄いが、植物の中には逆に強過ぎる光を嫌う物だってあるのだ。

 この黒甲の町で育つ作物も、きっとどこかで見つかる筈。


 例えば、そう、今頃はアズヴァルドが王になってるドワーフの国で食べた、地底で育つ芋類やコケ類は、水さえ確保すればこの地の奥深くでも育てられるように思う。

 尤もこれは、黒甲の町に滞在しながらできる事じゃなくて、僕が旅の途中で見つけた作物をこの地に送るって形になるから、今回の趣旨とは少しばかりずれる。

 やはりこれも、王亀玄女と要相談だ。

 豊かになる事が、即ち幸せに繋がるとは限らないが、僕はやはり渇きも飢えも辛い物だと思うから。

 幾ら地人が、それらに強い種族であっても。


 一通り町を見終わって、子供達も乗せ終わって、僕は彼らに見送られて城へと戻った。

 結局、僕にできる事は簡単には見付からなかったけれども、まぁ今日の所は子供達が喜んでくれたから、楽しかったので善しとしようか。 


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