第145話


 黄古州までの道のりはジゾウに加えて、鉱物の鱗を持つ地人達も、つまり彼らの戦士達が護衛を務めてくれる事になった。

 ジゾウがいれば戦力的には十分ではあるのだけれども、戦士達が是非に自分達もと名乗り出てくれたのだ。

 僕が行った井戸掘りを地人達は、また王亀玄女も、とても喜んでくれたらしい。


 詳しく話を聞いてみると、どうやら王亀玄女は戦いは得手だが、水探しのような細かな術は苦手だという。

 流れる川を探す程度なら可能だが、地中深くの水脈を探すような真似は難しいんだとか。

 それは仙人として、一体どうなんだろうって気がしなくもないけれど、得手不得手は誰にでもある。


 因みに王亀玄女の特技は武術で、白河州の白猫老君は術を得意とするそうだ。

 また白猫老君は魔術に関しても造詣が深く、識師連と呼ばれる黄古帝国の魔術師の組合は、白河州に本部がある。

 赤山州の凰母は料理や薬の調合が、青海州の長蛇公は金儲けがそれぞれ得意らしい。

 ……仙人の特技が料理って、少し赤山州に興味が湧いて来たけれど、残念ながら今の所は、彼の地に寄り道する予定はなかった。


 だから黒雪州で栽培できそうな作物に関しても、王亀玄女は大いに期待してるらしい。

 何やら彼女には、或いは仙人達には事情があって、自分の州を離れる程度なら兎も角、黄古帝国から外には出られないからと。

 つまり王亀玄女は、黄古州で僕の旅が終わるとは、あまり考えていないのだろう。

 それは少しばかり、安堵のできる話だ。


 また王亀玄女とはヨソギ流や魔剣の話、その他にも沢山の、黄古帝国の外の話をしたけれど、彼女はどれもとても楽しそうに聞いてくれた。

 彼女は特に魔剣の話を気に入って、もしも僕が黄古州に長く留まる事になったなら、白河州の白猫老君を誘って、会いに来ると言い出す。

 魔剣は間違いなく白猫老君の興味を惹くだろうし、王亀玄女自身も是非とも一本欲しいから、時間があれば僕に大刀の魔剣を打って欲しいと、彼女は笑みを浮かべていう。


 別に急ぐ旅ではないのだし、それはそれで楽しそうだ。

 黄古州ですぐに出立したくなるような出来事に出くわさない限りは、留まってその依頼を受けると約束すると、王亀玄女は笑みを浮かべたまま、しかし黙って頷いた。

 あぁ、僕が腹を立てる可能性はあるのか。

 まぁ、……うん、仕方ない。



 だから黄古州までの道中は、とても賑やかだった。

 ジゾウはあまり口数が多い方ではなかったけれど、地人の戦士達は意外と陽気だ。

 代わる代わる僕の近くにやって来ては、何かと話しかけてくれる。


 しかし彼らの実力は本物で、同行者の数が多い分、音や気配を察知した魔物も多く襲って来たけれど、その全てを僕に近寄らせずに打ち取っていく。

 見ていた限り、個々の実力はジゾウ程に飛び抜けてはいなかったけれど、彼らは自分達の強みをよく理解し、連携して敵を駆逐する。

 普通、大きな魔物に対しては、人は真っ向からそれとぶつかり合う事はできない。

 だけど力が強く、重量もある地人の戦士ならば、数人で掛かれば大型の魔物の突撃ですら受け止められるのだ。

 大型の盾を持った戦士が複数で魔物を受け止め、動きの止まった相手を他の戦士達が一気に仕留めた。


 地人の数は五千に満たない程度の数しかいないと聞いたけれど、……それは他の州に住む種族にとっては、幸いだったのではなかろうか。

 もし仮に地人が何万、何十万といたら、より豊かな地を求めて他の州に攻め入り、彼らの強さでそれを奪い取ってしまえただろうから。

 そんな風に思わせるくらいに、地人の戦士は強い。


 そうして辿り着いた黄古州との境界は、州全体をぐるりと取り囲む、高く長い城壁。

 壁の向こう側は全く見えず、もちろん綻びなんて一つもなく、出入りは門からのみ可能だそうだ。


 黄古州の北門に描かれるは、真っ黒な大きな亀。

 黒雪州で信仰される黒い甲羅の霊亀だろう。

 しかしてっきり、それは王亀玄女を指し示す物だと思っていたのだけれど、描かれた霊亀の姿からはどうにも彼女が連想できない。


「エイサー、達者で」

 門の前で、ジゾウは僕にそういった。

 シンプル過ぎる、彼らしい別れの言葉。

 恐らくは永遠の別れだけれど、まぁ確かに、言葉を盛って飾り立てた所で、僕らの間では今更大した意味はない。


「うん、君も。壮健であれ。それから皆も、ここまでありがとう」

 僕が拳を突き出せば、ジゾウはそこに拳を合わせて、それから笑う。

 地人の戦士達も皆が笑顔で、僕を見送ってくれている。


 門が開く。

 僕はサイアーの背に跨って、真っ直ぐに進んで門を潜った。


 その途端、門を潜る瞬間に、感じたのは微かな違和感。

 そしてそれと同時に、見えていた光景は全く別物へと切り替わった。

 開いた門から見えていたのは、ずっと奥へと続く道。

 なのに今、僕が目にしているのは、黄古州を取り囲んでいた城壁よりも高い木々からなる、巨大な森だ。


 だけどその不思議な変化と、門を潜った時に感じた違和感に、僕は確かに覚えがある。

 またこの森より感じる濃密な自然の力は……、まるで僕の故郷である、深い森のようだった。

 そう、先程の違和感も、プルハ大樹海の奥で深い森を守ってる、精霊や霊木の力を借りた結界を通り抜ける際に感じるそれと同じ物。


 黄古州には森人、つまりエルフが住んでるとは聞いていたけれど、この場所は間違いなく、エルフにとっての聖域だ。

 懐かしくもあり、些か不愉快でもある。

 いやもちろん、この森は素晴らしいと思うのだけれど、壁を一枚越えただけで黒雪州とこれ程に差があるのは、幾らなんでもあんまりだと思ってしまう。

 エルフが森の外に興味を持たないのは、中央部でもそうだったけれども……。


 でもそれ以上に気に障るのは、森を囲う城壁だった。

 あれは明らかに他の種族の手による代物で、エルフらしさを感じないのだ。

 この地のエルフは、他の種族によって隔離されている?

 それとも他の種族に壁を築かせて、その内側の森で貴人気取り?

 果たしてそれに甘んじる者を、エルフと呼んで良いのだろうか。


 いいや、そう考えるのは、まだ早計だ。

 恐らくは何か、理由がある。

 ある筈だった。


 この地を治める黄古帝国の皇帝、竜翠帝君に会うまでは、まだ何も判断できない。

 理由を知りたいと、僕は強くそう思う。


 別れの余韻は、もうとっくに吹き飛んでいた。

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