第143話
「どうだった?」
王亀玄女との話を終え、謁見の間を出た僕を、ジゾウが迎えに来てくれた。
話が長引いた事に、少し心配そうな顔をしながら。
「んー、……悪ガキだったジゾウが立派になってって、喜んでたよ。あぁ、滞在許可と、それから黄古州への通行許可も貰えたよ」
僕がそう返せば、彼は少し照れ臭そうな顔をする。
実際には、黄古州への通行許可を貰えたというよりも、行く事を依頼されたというのが正しいのだが、……別にそれをジゾウに告げる必要はないだろう。
別に今すぐにって話じゃなかったし、この城にゆっくり滞在してくれとも言われてた。
ジゾウが僕を王亀玄女に引き合わせたのは善意から、旅の手助けになると思っての事で、ややこしい話になったのは、巡り合わせの偶然だ。
「あぁ、……黒曜石は少し微妙な石だから。俺も昔は少し荒れてた。そんな俺に武術や色々と教えてくれたのが、あの御方なんだ」
黒曜石は、宝石としては輝きが弱く、さりとて岩でもない。
鉱物ではないにも拘わらず、彼らに近い性質がある。
具体的には、武器として用いられるという性質が。
故に若い頃のジゾウは、力と衝動を持て余して荒れていたそうだ。
王亀玄女は、そんな彼の性質に武術という指向性を与えてくれた。
まぁジゾウにとって、彼女は恩人なのだろう。
尤も王亀玄女の方は、地人の誰もが自分の息子や娘、みたいな感じだったけれども。
「武術……、ね」
この地でのんびりと過ごす心算があるのなら、僕も彼女に長物の扱いを学ぶというのも、中々に面白かったかも知れない。
しかし先に待ち受ける事を考えると、この城で何年も武術の修練をして過ごす、という気にはなれなかった。
なるべく早く、黄古州へと向かおうと、そう思ってる。
一日や二日はゆっくりとするにしても、今の疲れが抜ければ出立だ。
この地は、僕は兎も角として、サイアーとの相性は非常に悪かった。
灰が吹き荒ぶ地では、思う存分に外を走らせてやれないし、草が生えぬから野菜類を食べさせてやるしかない。
幾ら食料はこの城で、地人達が負担してくれるとはいっても、何時までも甘え続ける訳にもいかないだろう。
「まぁ、五日ほどしたら黄古州へと向かうよ。ありがとう、ジゾウ。お陰で進む道が増えた」
王亀玄女の話を聞く限り、あのまま白河州に留まっていても、あの地の州王である白猫老君とやらが接触を図って来た可能性は低くはない。
それでも今、こうして向かうべき道が目の前に開けているのは、ここに連れて来てくれたジゾウのお陰である。
すると僕の言葉にジゾウは首を横に振り、
「黄古州までは送る。……そこから先は、俺には入る許可が下りないが、エイサーが先に進めて良かった」
それから笑みを浮かべてそう言った。
あぁ、そうなのか。
州王である王亀玄女との謁見を取り付けられるくらいだから、彼も黄古州に入れるのかと思ったけれど……、それは少し寂しいな。
「そうなの? じゃあ黄古州までは、よろしくね」
でもジゾウが黄古州まで護衛してくれる事は頼もしいし、嬉しい。
僕をこの地に送り届けたのが、里帰りのついでだったとしても、黄古州まで護衛してくれる事は完全に友誼が故だろうから。
……本当に、感謝してる。
仙人とは、自然の力を取り込み昇華し、また自然に還して循環させ、一体となる事で不滅を体現する存在の筈だ。
生きながらにして精霊に大きく近づいた彼らは、必然的に自然の力が濃い場所、例えば深山幽谷に住まう。
しかし各地の州王は、それから黄古帝国の皇帝は、全てが仙人だと王亀玄女は言った。
黒雪州は王亀玄女、白河州は白猫老君、赤山州は凰母、青海州は長蛇公。
そして最後に皇帝である竜翠帝君の、合計五人の仙人達。
これは些か不自然な事だった。
確かに僕が見て来た黒雪州や白河州は特異な環境ではあったけれども、自然の力が濃く強いかと問われれば、首を傾げざるを得ない。
不自然な事には、相応の理由が存在する。
何故、仙人達は人の国に住むのか。
何故、仙人達が州王や皇帝といった、面倒な役割を自ら担っているのか。
仙人が仙人である為に取り込まねばならない自然の力を、或いはそれを代替する何かを、彼らはどうやって賄っているのか。
その答えが、黄古州で僕を待っていた。
きっと知っても楽しい答えじゃないのだろうけれど……、避けて通れる物でもなさそうだ。
運命とは数奇な物で、糸が蜘蛛の巣のように複雑に絡まってる。
例えばドワーフの国で、カウシュマンの魔術の師と鍛冶で競い合ったように。
東の地へとやって来たのは、カエハの、ヨソギ流の残り香を辿っての事。
つまりは僕の感傷だ。
他の誰かに指図された訳では、決してない。
なのにまるで、吸い寄せられるように僕の道は、黄古州へと定まった。
僕はそれが、少しばかり気に食わない。
もちろん類稀な経験をしている事は承知している。
だが我が身の置き場を、自分の意思の外で決められるのは、やはりどうにも性に合わないのだ。
それが僕にとって大切な人の意思だったなら、喜んで従いもするけれども。
尤も、ここでみっともなく拗ねてジタバタと流れに逆らった所で、大した意味がない事は理解している。
今はまだ、この流れに身を任せよう。
本当に大事な時に自らの意思で行動する為にも、この流れの原因を、正しく見極める必要があるから。
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