第142話
城の中には外と違って、青や赤、緑といった彩も鮮やかな宝石のような鱗のような何かを身体に貼り付けた地人達がいた。
いや、宝石のような、ではなくてアレは確かに宝石だ。
地人は身体に貼り付けた鱗らしき物が何で構成されるかで、大雑把な身分は決まるという。
最も多いのが岩の鱗を持つ地人で、彼らは一般階級だ。
次に鉱物の鱗を持つ地人で、彼らは戦士階級となる。
そして最後に、宝石の鱗を持つ地人は、他を統率する貴人の階級だった。
尤も以前にも述べたと思うが、岩と鉱物、宝石の区分は非常に難しく、地人の身分を他の種族が外観から判別する事も同様に困難だ。
またこれはジゾウに教えて貰ったのだが、地人の中には身に纏う岩、鉱物、宝石の量を一時的に増大させられる者がおり、身分に拘わらず敬意を集めるらしい。
かくいうジゾウも、己が身に纏う黒曜石の量を増大させる事が可能で、以前に炎の魔術を喰らった際も、僕の風の障壁だけでなく、彼は増大した黒曜石を盾に熱を防いでいた。
だからだろうか、煌びやかな宝石の地人達もジゾウには丁寧だったり、気安い態度で接してる。
でも僕に会わせたい御方というのは、彼らの事ではないらしい。
宝石の地人達は、謂わば城勤めの役人で、彼らの仕える、否、正確には全ての地人が仕える人物にこそ、ジゾウは僕を会わせたいそうだ。
そうなると幾ら僕でも、その御方というのが誰なのかくらいは、察しがついた。
黒雪州に住む種族は地人のみ。
その地人の全てが仕える者といえば、……当然ながら黒雪州を統べる州王となる。
地人達にサイアーを預けた僕は、彼らの手で旅の垢を落とされ、身なりを整えられてから、謁見へと望む。
床も壁も柱も、全てが真っ白な石の、広い謁見の間。
その中央の座で、彼女は僕を待っていた。
真っ黒な髪の、若い人間の女性。
だけどこの気配には、覚えがある。
いや、正しくは、この気配の在り方に覚えがあった。
あれはもっと歪み狂っていたし、垂れ流しだったけれども。
人の器に自然の力を取り込み、昇華した者。
小さなその姿が、大きな山のように雄大に見える。
「……まさか、仙人?」
謁見であるのに、僕は棒立ちのままに、そう呟く。
だけど彼女は非礼を咎める訳でもなく、僕の呟きに、嬉しそうに頷いた。
「そうとも。古き真なる人よ。お目に掛かれて光栄だ。私は王亀玄女。この黒雪州の州王さ。黒亀って渾名もあるけれどね。まぁ好きに呼んでくれて良いよ」
彼女の言葉はとても気安く、声にはまるで古い友人にでも会ったかのような親しみがこもってる。
しかし彼女、王亀玄女は間違いなく、以前に会った吸血鬼なんて比べ物にならないくらいに、力のある仙人だ。
いや、比べる事自体が失礼で、吸血鬼は外法に逃げた紛い物の邪仙であり、彼女こそが本物の仙人か。
「あぁ、いや、余分な礼儀は不要さ。むしろ本来は、私の方が敬意を尽くさなきゃならない相手なんだろうけれど、ね。どうにも畏まった態度は性分に合わなくてさ。どうか失礼は許しておくれよ」
どこまでも親しげに振る舞う王亀玄女に、どうにも調子が乱される。
警戒する事を、馬鹿らしく思ってしまうほどに。
「そう、ならお言葉に甘えて。僕はエイサー。お察しの通り、ハイエルフだよ。紛い物じゃない仙人を見たのは初めてだ。ジゾウには、とても良くして貰ってる」
うん、実際に、警戒なんて馬鹿らしい。
何年生きてる仙人なのかは分からないが、佇まいがあまりに静かだ。
その姿を見ていて思い出すのは、最期の日のカエハの動き。
どちらが上なのかなんて僕にはとても推し量れないが、何れにしても王亀玄女は武の達人だろう。
つまりこの間合いなら、彼女は僕を油断させずとも、小細工を弄さずとも、何時だって殺せる。
そんな相手の友好を疑う事に、何の意味もないじゃないか。
「そうかい。嬉しいよ。昔はあの子も大層な悪ガキだったが、それが友人を連れて帰郷するなんてね。仲良くしてやっておくれよ」
まるで母か祖母のように、ジゾウの事を語る王亀玄女。
しかし彼は、悪ガキだったのか。
僕が知る今のジゾウからは、ちょっと想像も付かないのだけれど。
あぁ、でも、出稼ぎで普通の労働者じゃなく、遊侠なんてやってる辺りは、確かに悪ガキの面影はあるのかもしれない。
尤もどんな過去があったとしても、僕のジゾウへの評価には何の変化もないだろう。
白河州で出会ってから、この城に至るまで、彼はずっと頼れる奴だ。
僕の反応に、王亀玄女は本当に嬉しそうに笑みを浮かべてから……、すぅっと真顔になる。
「だけどね、訪ねて来たのが古き真なる人である以上、単なるあの子の友人として扱う訳にはいかないのさ。恐らくはそろそろ察してるだろうけどね、この黄古帝国は、単なる人の国じゃない」
さて、どうやら本題が始まるらしい。
僕だって、本物の仙人が州の王として出てきた以上、黄古帝国に何らかの、大きな秘密があろう事は察してた。
彼女はずっと、僕を古き真なる人と呼ぶ。
ハイエルフでも、森人でもなく、ただ人と。
それは恐らく、ハイエルフの他に人が存在しなかった頃の呼び方だ。
精霊、ハイエルフ、巨人、不死鳥、竜といった、創造主に生み出された五種のみが世界に存在していた頃の話。
巨人がどうして巨人なのかといえば、巨大な人だから。
ではその比較対象になる巨大でない人というのは、ハイエルフの事だった。
つまりそんな昔の呼び方で僕を、ハイエルフを呼ぶのなら、黄古帝国は古き存在に深く関わる国なのだろう。
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