第141話


 僕はこれまで、結構色んな所を旅してきた。

 険しい山を越えもしたし、雪風の凍えるような冷たさに震えた事もある。

 危険といわれる場所、火山地帯や大湿地帯にも踏み込んだし、踏破した。

 人の町に寄らずとも、獲物を狩ってそれを食べたり、森の恵みを得ながら長距離移動した事だって、幾度もある。


 だから旅にはそれなりに自信があるのだけれど、それでも思う。

 この黒雪州は、実に過酷な場所だと。


 僕の受ける感覚では、黒雪州の環境は、大草原の北にあった砂漠に近い。

 辺りに感じる命の少なさが、僕にそう思わせるのだ。

 また空も薄暗かった。

 ジゾウ曰く、今は晴れてるらしいのだけれど、どうにも陽光の通りが悪いように感じる。

 噴火が起こり、風に火山灰が流されてくれば、もっと暗くなるのだろうか。


 黒雪州では草木も灰を被って枯れてしまうから、辺りは酷く殺風景だ。

 風は吹いてるから方角は分かるけれども、……ジゾウが案内してくれなかったら、僕はもしかしたら迷ってたかもしれない。

 だけどこんな場所にも、或いはこんな場所だから、魔物は出る。


「ジゾウ」

 僕はその気配を感じ取り、前を歩くジゾウに警告を飛ばす。

 辺りの景色に、変化はない。

 この黒雪州で出現する魔物は、主に積もった火山灰の中を移動して、獲物を仕留める時だけ飛び出して来るのだ。


 僕は二度、足を踏み鳴らして地の精霊に呼び掛け、自分とサイアーの足元を硬く硬く金属のように固める。

 流石に、地中から飛び出して来る魔物相手に、サイアーを庇うのは難しいから。

 こうして足元を固めておけば、魔物の狙いは自然とジゾウに向かう。


 そして彼ならば、……魔物が地中から飛び出してくる瞬間に振動でそれを察し、同時に跳躍して攻撃を回避する事も容易い。

 いやしかし、それにしても高く跳ぶ。

 僕はジゾウが地や水を踏む姿を見ているから、実は彼が見た目以上にずっと重い事を知っていた。

 肉体の密度が高いのか、身体を覆う黒曜石が重いのか、あるいはその両方か。

 なのにジゾウはそんな重さを感じさせないほどに軽やかに、高々と跳躍して見せる。


 飛び出した魔物は巨大なモグラで、空中の彼はその鼻面に三尖両刃刀を思い切り振り下ろす。

 桁外れの膂力と重量が生み出す破壊力は、巨大モグラの頭部から下腹部までを真っ二つに切り裂いた。

 僕の出番?

 もちろんそんな物は、どこにもない。


 跳躍からの一撃。

 僕もあの魔物が相手なら同じ戦法を取るけれど、あそこまで威力のある攻撃は繰り出せないだろう。


「大物だ。運が良い」

 魔物の躯を前に嬉しげに笑うジゾウ。

 まぁ確かにモグラの魔物は、肉も食えるし皮も取れる。

 幸運と称するのも、あながち間違いではない。


「でも前に出たのがアレだったから、外れと当たりで、50:50だよ。それって運がいいって言えるの?」

 だけど、そう、この前に、一昨日に出くわした魔物は酷かった。

 体表が岩で覆われた蛇の魔物で、肉まで砂利混じりだったのだ。

 殺した魔物はできる限り素材を活用したり、肉を食べると決めてる僕でも、流石に諦めざるを得なかったくらいに。


 しかしジゾウは首を横に振り、

「いや、まともに食える魔物は、十に一つあればいい方だ。二匹で当たりを引けるなんて、エイサーは間違いなく強運だ」

 なんて事を言う。

 それは何とも……、辛い話だった。

 人の故郷をあまり悪く思いたくはないが、僕にはとてもじゃないが住めない土地である。


 尤もジゾウが言うには肉が食べられないだけで、素材としての活用が可能な魔物は、それなりにいるそうだけれど。

 何れにしてもあの岩蛇の印象が悪過ぎたのだ。



 その後も一日に一度、或いは二日に一度ほどのペースで魔物に襲撃を受けたが、ジゾウが言った通りに食べられる魔物は皆無だった。

 食料の少ないこの黒雪州では、食用に適する魔物があまりにも少ないにも拘らず、戦士達が徒党を組んで魔物狩りに出掛けるらしい。

 僅かに存在する、食用に適した魔物を狙って。


 この黒雪州には地人しか住めないって言葉の意味が、実際に来てみれば良く理解できる。

 彼らは本当に強いし、黒雪州はうんざりするほどに過酷だから。


 黒雪州に唯一存在する地人の町、黒甲に辿り着いた時、僕は思わず大きく大きく、安堵の溜息を吐く。

 久しぶりに、心を削られる旅だった。

 黒甲は、降り積もる火山灰を避ける為に、大きな岩山の南側をくりぬいて造られた、地下の町だ。

 火山灰は北から運ばれて来るから、岩山が壁と、屋根となって遮ってくれる。


 町の人口は三千人より少し多く、黒雪州の外に出稼ぎに出ている地人は千ほどか。

 この五千にも満たない数が、地人の全てだ。


 地下の町を見ていると、僕はドワーフを思い出す。

 ドワーフと地人は、色々と共通点が多いように思う。

 身体が頑強で力強く、過酷な環境に敢えて住んでる。

 一部は故郷を離れて、人間の世界に混じって生きていて、だけどとても誇り高い。


 いやまぁ、僕の地人の知り合いはまだジゾウしかいないのだけれど、彼を見てるとそう感じるのだ。

 僕という余所者の姿に驚く門番に、ジゾウが何事かを告げて、町の中へと通された。


 働き盛りの大人の多くは出稼ぎに出てるから、町で目立つのは子供の姿。

 驚きと好奇に満ちた瞳で、僕やサイアーを見つめてる。

 ……あぁ、そりゃあこんな場所では、馬を見るのだって初めてだろう。

 だったら馬の背に乗るって体験を、子供達にはさせてやりたいが、残念ながらサイアーの旅の疲れは結構重い。

 まずは、そう、休める場所へと行きたかった。


 多くの視線に晒されながら町の大通りを、ジゾウに案内されて向かうのは、最奥にある石造りの城。

 その城に、僕と会わせたい御方とやらがいるらしい。

 一体そこでは、何が僕を待ち受けているのだろうか。




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