第128話
僕がバルム族と共に暮らし始めて、二ヵ月が経過し、季節は本格的な冬へと突入した。
バルム族は、大草原の西端付近に暮らす部族だ。
しかし以前も述べた通り、草原の民は遊牧民であり、年に数度の移動を繰り返す。
もちろんバルム族もその例に漏れず、夏は草原の北部へと移動し、冬は草原の南部へと移動する。
他の季節は、まぁ草原の真ん中辺りで数か所を転々と。
さてこのバルム族の移動の中でも重要なのが、夏の北部への移動と、冬の南部への移動である。
いや、遊牧民の移動は家畜の餌となる牧草地の草が食べ尽くされないようにする為だから、重要でない移動はないのだけれど。
特に重要なのが夏と冬の移動だって話だ。
では何故この二つの移動が重要なのかといえば、夏の移動は草原の北部、つまり砂漠地帯の近くにまで出向く為、草原では得られない資源の採取が可能だからだという。
いや、砂漠で資源といわれてもピンと来ないとは思うのだが、実際の所、砂漠といってもどこまでも続く砂地といった場所は然程に多くないらしい。
岩盤がそのまま露出した岩石砂漠や、礫で覆われた礫砂漠、土や粘土によって覆われた土砂漠等、一口に砂漠といっても色々とある。
故に草原の北にある砂漠地帯では、塩や粘土、時には金属の採取が可能なんだとか。
また冬の移動が重要な理由は、草原の南にある海に近い国々との交易があるからだ。
冬の食糧事情を少しでも良くする為、暖かく過ごせる燃料を手に入れる為、その他にも様々な理由で、バルム族は海に近い国々との交易を行う。
そして今日、僕はバルム族の交易隊と一緒に、南方の海に近い国の一つ、ヴィヴナルへとやってきていた。
僕が交易隊と共に行動する事になった理由は二つ。
一つは僕自身が、鉄鉱石は重いし鉄の抽出が大変だから、既に精錬済みの鉄や、鍛冶の為の燃料、道具類を欲した事。
バルム族では乾燥させた馬糞を燃料にしてたりするけれど、流石にそれでは鍛冶に必要な火力は得られないし、細々とした道具類はやはり買い揃えた方が早い。
それからもう一つは、エルフである僕は、まぁ正確にはハイエルフだけれど、どちらにせよどう見ても遊牧民には見えない為、ヴィヴナルの商人の警戒を解き易いだろうと思ったから。
元々、バルム族はヴィヴナルを含む南方の海に近い国々とは交易を行っていたが、ダーリア族の略奪が増加した事で遊牧民全体への警戒心が増し、交易が難しくなっていた為、僕が仲立ちする事で少しでも警戒が和らげばって話なのだ。
ただ皮肉な話なのだけれど、ダーリア族の略奪が激しさを増した要因である炎の子も、僕と一緒にヴィヴナルへと来ている。
まぁ別に炎の子の容姿が南の国々に知れ渡ってるという訳じゃないから、大きな問題はないのだけれど、事情を知ったジュヤル自身が、些か以上に気まずそうにしてた。
だがそれでも彼をここに連れて来たのは、僕以外にジュヤルを抑えられる人間がいない為、一緒に連れて行けと老人衆が騒いだからだ。
……うん、僕は彼が、今更暴れたり逃げたりしないとは思うのだけれど、老人衆が警戒するのは尤もな話だし、仕方ない。
「やぁやぁ、こんな場所に森の人、エルフの方がおられるとは珍しい。なるほど、船を使わずに東部へ移動したら草原の民と知己を得たと。いやぁ砂漠越えですか。それは大冒険だ」
良く喋る商人に、同行してる草原の民、バルム族は友好的だとアピールしてから、彼らを紹介した。
陸路で東部に来たと話したら、ちょっと勘違いをされてしまったけれども、でもわざわざ訂正する程の事じゃない。
人喰いの大沼を越えるのも、砂漠地帯を越えるのも、どちらも難行であるのは同じだから。
商人の顔立ちは草原の民と似通っていたが、肌色は良く日に焼けて濃い褐色だ。
両者の見分けは服装だけでなく、ハッキリと付く。
多少の変装をした程度では、相手のコミュニティには潜り込めないだろう。
話の最中、どうしても草原の民の、ダーリア族の略奪が増えたと、商人は口にする。
そりゃあ僕が、バルム族は略奪を行うダーリア族とは違うと言って紹介したのだから、当然の流れだ。
でもその話を聞くジュヤルはとても複雑そうで、それでも耳を逸らさず、ジッと何かを考えていた。
当たり前の話だけれど、略奪をする方は、普通はされる側の事情なんて考えたりしない。
尤も賢い山賊、海賊なんかは、街道、海路を通る商人がいなくなると飢える為、全てを奪って相手を破産させるような事はせず、一部の積み荷や金銭を奪う代わりに、街道や海路を抜けるまでの護衛をしたりもするという。
だけどそれでも商人を慮ってそうしてる訳ではなく、単純に獲物が減るのを嫌っての話だ。
一方的に奪うなんて行為は、相手を知り、相手の事を考える気持ちがあれば、そう簡単にできる事じゃないのだから。
故にこれまで、ジュヤルは自分が、ダーリア族が略奪を行う相手に関して、教えられなかったし、知ろうともしなかっただろう。
もちろんどの国が手強くて、どの国は警戒心が高い、なんて情報は得ていたとしても、そこに暮らす人々の事なんて、恐らく考えもしなかった。
しかし今、ジュヤルは自分達に奪われた人を見て、話を聞いて、考え始めた。
彼は一体、何を感じて、何を思って、自分なりの結論を出すのだろうか。
責任を感じての自死なんて結末は、僕にとってはつまらなさ過ぎるから、できればやめて貰いたい所である。
まぁジュヤルがそうすべきだと考えてしまっても、子供である彼にそんな道は、僕が選ばせはしないけれども。
さてついでに、ツェレンとシュロへの土産でも買おうか。
僕が持ち込んだ金貨や銀貨、宝石類は、この南の国々ではちゃんと買い物にも使えるのだから。
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