第127話


 炎の子の名は、ジュヤルというらしい。

 ジュヤルを捕まえた翌日、僕は彼とツェレン、それから自ら希望したシュロを連れて、居住地の外れの広場に来ていた。

 より正確にはツェレンの護衛として、或いは僕への監視として、二人のバルム族の戦士が付けられているけれど、まぁ誤差の範疇だ。


「という訳で今日から、僕はツェレンには風の精霊の助力を更に得る方法を。具体的には戦い方だね。それからジュヤルには君の能力と、それに頼らない戦い方を。シュロには、……剣で良いの?」

 僕は順番に、ツェレンを、ジュヤルを、シュロを見る。

 そしてシュロが、僕の言葉に頷いたのを確認してから、

「よし、ではそれを、君達それぞれに教えるよ」

 そう、宣言した。


 僕がそうすると決めたのは、昨晩、ツェレンに風の精霊の力を借りた攻撃方法を教えて欲しいと乞われたからだ。

 恐らく彼女は、離れた場所であっても僕とダーリア族の戦いを、風の精霊の力を借りて感知していたのだろう。

 そこで何を感じたのかは、どう考えたのかは定かでないが、ツェレンは自身の力を欲した。

 そうするべきかどうかは僕も悩んでいたところだけれども、……彼女自身がそれを望むなら、否と言う心算はない。

 するとその話を隣で聞いてたシュロも、自分にも何かを教えて欲しいと言い出して、弓の扱い方は、僕とバルム族で違い過ぎるから、だったら剣を教えようという事になったのである。


「いや、待てよ! アンタと俺は敵同士だろ! なんで戦い方を教えるとか、そんな話になってんだよ……」

 だから話について来れぬのはジュヤルのみ。

 あぁ、いや、遠くで彼に同意して頷く見張りの戦士達も同様か。


 しかしジュヤルは一つ大きな勘違いをしていた。

「いや、別に君は、ジュヤルは僕の敵じゃないよ。だって敵だと思える程に、君は強くないと言うか、もっとはっきり言うと、ジュヤルは弱いからね」

 そう、僕は彼を歯牙にもかけていないから。

 僕の言葉にジュヤルは、傷付くというよりも、ハッキリと衝撃を受けたって顔をしてるけれど、それは変えようのない事実である。


 でもそれは発火能力、パイロキネシスが弱いって意味じゃない。

 まぁ火の精霊の力を借りれる者にとってパイロキネシスが然程に怖くないのも確かだが、ジュヤルの弱さはそういった相性以前の問題だった。

 何故なら彼にとって、発火能力は戦う為の手札の一枚じゃなく、全てだから。

 故に駆け引きも何もなく、ジュヤルと戦うならば発火能力だけを気にすればいい。

 

 正直、狙った場所も放たれるタイミングも丸わかりの発火能力なら、僕がやったみたいに剣で切り払える剣士は、知る限りでもそれなりにいる。

 カエハはもちろんそうだったし、クレイアスも、シズキもそうだし、ウィンも多分できるだろう。


 つまりジュヤルは、発火能力を放つだけの砲台に過ぎない存在だ。

 個人の能力的にも、ダーリア族からの戦場での扱いも。

 そんな代物を敵だと思えと言われても、いやいや僕には難しい。


 だけど同時に、些か勿体なくも思う。

 折角の力を、素質を伸ばさずに、狭い世界で持て囃されて、道具として使われてるだけなんて、他人事ながらつまらなかった。


「じゃあジュヤルにも取り敢えず剣を教えようか。あぁ、折角だし、ツェレンもやる?」

 ジュヤルはまだ呆然としたままなので、僕は勝手に話を進めていく。

 恐らく彼は、これまで自分が弱いと言われた事なんてなかったのだ。

 常に強者として扱われ、敬いと恐れを受けて来たジュヤルの価値観が、大きく揺らいでる。

 でもこれは始まりに過ぎない。

 これから先、僕との生活の中で、彼の持つ価値観は、どんどん変わって行くだろう。


「えっ、えっと、私は女なのですけれど、……剣を握っても良いのですか?」

 ツェレンは酷く驚いた様子で、おずおずと僕に向かって問うた。

 おぉ、今のは彼女の、素に近い表情だ。

 僕は少し嬉しくなって、頷く。

「もちろん。そもそも僕に剣を、ヨソギ流を教えてくれたのは、女性だよ。凄く強くて、綺麗な人だった」

 師を、カエハを語る時、僕はとても嬉しくて、誇らしい。

 残念ながら彼女をこの子達に会わせてあげる事は、もう絶対にできないけれど、……僕が剣を教えるなんて、きっとカエハは喜んでくれる。

 草原の民の文化で、女性がどんな風な立ち位置なのかはしらないけれども、ヨソギ流は女性にだって振るえる剣だから。


 とはいえ先ずは、本物の剣ではなく、木剣を使った素振りからだ。

 木剣も今から、木材を削って僕が作る。

 あぁ、どうせなら、木材を削る所から、一緒にやろうか。

 そして彼らが十分に木剣を振れる頃には、僕も準備を整えて鍛冶をしよう。

 彼らが使うヨソギ流の剣、直刀を手に入れるには、僕が打つのが一番早い。


「じゃあまず、練習に使う木剣を、自分達で作ろうか。大丈夫。僕も手伝うから、そんなに時間は掛からないよ」

 僕が大雑把に木材を切って木剣の形にして、彼らは自分達でそれを削って磨いて完成させる。 

 ジュヤルも僕の言い付けに従い、黙って木を削って磨く。


 彼も彼女も、生まれ持った力が故に働きを求められていた。

 その是非は、まあ僕が口出しする事じゃないかもしれない。

 でも、だからこそ僕は、彼らに別の力を学ばせる。

 ヨソギ流という、僕にとっての道標を、彼らにも。


 未来がどんな風に転がるか。

 まだ確かな事は、何も見えない。

 だけど僕がより良いと思える場所に、彼らを引っ張り、時には引き摺ってでも、辿り着こう。


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