第108話


「エイサー、ボクは今の道場の揉め事が片付いたら、西へと旅に行くよ」

 試合が終わった日の夜、僕と並んで地に座り、星空を見上げるウィンは、そう言った。

 旅か。

 そうなる気はしてたけれど、でも西は……。


「エイサーが、これまでボクを色んな物から守ろうとしてたって、今はわかるよ。エイサーが止めなきゃ、ハーフエルフのボクは直ぐに死んでたかもしれない事も、聞いた」

 笑って言うウィンだけれど、その言葉の内容は重い。

 一体誰だ。

 そんな事を彼に話したのは。

 アイレナだろうか、……うぅん、それとも怪しいのは、吟遊詩人のヒューレシオか。

 或いは他の、冒険者をしてるエルフか。


 だけどいずれは、そう、知っておくべき事だったのかもしれない。

 それを受け止められる年齢になったのなら、本当は僕が話すべきだった。


「でもだからこそ、ボクはもっと知るべきだと思ってる。種族の違いが生み出す諍いと、悲劇を」

 だから西へ行くのだと、ウィンは言う。

 西は獣人と人間の争う地だ。

 あの地の人間が信じるのは、人間こそが最も高い地位にあるとする、他種族を排斥する宗教。


 人間の血とエルフの血、両方を引くウィンにとって、最悪の場所だといえる。

 彼は獣人からも人間からも、敵視される可能性があるのだ。


 しかしウィンは、それを理解した上で敢えて西に行くと言ってるから。

 ……独り立ちする彼を、止める事は僕には出来ない。

 だけど、一つだけ。

「……ウィン、お願いだから、命は大事にしてね。そうでなきゃ、西の地の人間や獣人、それにエルフが滅んでしまうかもしれないから」

 少し脅すくらいは、させて欲しい。

 いやまぁ、本当にそれが単なる脅しで済むのか、僕にもちょっと自信はないけれど。

 

 僕の言葉にウィンは苦笑いを浮かべ、

「エイサーは、本当に過保護だよね」

 そう呟いた。

 でも仕方ないじゃないかと、僕は思う。

 我が子が危険な場所に飛び込むのに、心配じゃない筈がない。

 たとえそれが、血の繋がらない養子であっても。


「大丈夫。ボクには目標があるから、死なないよ。沢山の物を見て、強くなって、それからエイサーに勝てる男になる」

 力強く、ウィンはそう宣言する。

 あぁ、どうやら僕は、彼の目標で在り続けれたらしい。


「そしたらもう一度試合をしよう。その時は今度こそ、後少しだった剣をちゃんと届かせて、勝ってみせるからさ。……父さんに」

 最後に小さく付け足す言葉に、僕は強くウィンを抱きしめる。

 だって向かい合ったままだと、零れそうな涙を見られてしまう。

 そんなのあまりにも、格好が悪いから。


 彼は旅立つ。

 もう引き留めはしない。

 ウィンは、僕の子は、一人前の男だ。



 実際にウィンが旅立つまで、つまりヨソギ流とロードラン大剣術の関係悪化が解決するには、更に二年の時間が掛かった。

 僕はよく知らなかったのだけれど、実はヨソギ流には王都で行われる武術大会、及び御前試合に出場できないという制限が課せられていたらしい。

 それは以前の、ヨソギ流の高弟達がロードラン大剣術の道場へ襲撃を掛けた事に対する国の裁定で、要するに過去の負債だ。


 シズキは国に強い影響力を持つルードリア王国式剣術を通して制限の解除を求めており、ロードラン大剣術がヨソギ流と敵対的な立場を取ったのは、そうはさせまいとしての事だったという。

 今の時期に揉め事が起きれば、国としてはヨソギ流の制限の解除にも慎重になるだろうからと。

 まぁ王都での武術大会、特に御前試合は、剣で身を立てんとする者にとっては重要なチャンスだ。

 そしてそのチャンスを掴める枠は限られているから、ロードラン大剣術が、或いはグレンド流剣術も、ヨソギ流の王都の武術大会や御前試合への参加を厭わしく思うのはむしろ当然なのだろう。


 しかしシズキは弟子達を良く統率し、ロードラン大剣術の挑発にも乗せられず、ヨソギ流は王都で行われる武術大会、及び御前試合への出場が許される。

 また行われた武術大会にシズキやウィン、他の高弟達が出場し、揃って優秀な成績を収めた事で、ヨソギ流は大きく名を上げた。

 そうなってしまった以上、ロードラン大剣術にはもうヨソギ流と揉めるメリットはない。

 逆に今の状態で敵対を続ければ、ロードラン大剣術の名を下げるばかりだ。

 故にシズキとロードラン大剣術の当主の間で和解は成立し、無事に問題は解決した。


 たられば、の話になるけれど、もしも今回の件で僕が動いていたならば、こんな解決は望めなかっただろう。

 僕には剣で名声を求める気持ちが、残念ながら理解できない。

 それは僕が剣に求める物が、もっと内向的な自己満足の類だから。

 鍛冶は作品を他人に認められ、必要とされてこそだから品評会への出品も厭わないが、名が売れる事で煩わしさが付随するケースも多々あった。


 だから僕は今回の問題に関しては、何が原因となっており、どう解決すべきかの道筋は見出せずに、力で敵を捻じ伏せるより他にない。

 それでは問題の本当の解決にはならなかったとしても。


 道場の問題が解決し、西に旅立つウィンの背中を見て思う。

 彼はこの先、多くの問題にぶつかって、僕とは違う方法で解決する。

 その姿を間近で見れない事は残念極まりないけれど、何時かウィンの話を聞きたい。

 どんな風に彼は問題を解決し、何を感じたのか。

 そう、ウィンの旅の、人生の物語を、僕は何時の日か、彼から聞こう。

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