第107話


 定められた日がやって来た。

 僕らが再びヨソギ流の道場に戻って来てから三年が経ち、僕とウィンの試合は、もう間もなく始まろうとしてる。


 木剣を手に、道場の中央で向き合う僕ら。

 僕の後ろではカエハが、ウィンの後ろではシズキが、少し離れて試合を見守る。

 周囲の弟子達は、まぁ当然ながら共に剣の修練をした、ウィンを応援するようだ。


 ここに至っては、もう言葉は必要ない。

 ウィンは本当に成長していた。

 それはもう、たたずまいを見るだけでも十分に分かる。

 身長だってもう僕と殆ど変わらないか、或いは僅かなら彼が勝る事だってあり得るだろう。


 だからこそ全力だ。

 仮にここで手を抜けば、それが意識した物ではなかったとしても、僕はウィンとまともに向き合えなくなる。


 長く一緒に過ごしたから、僕らは互いに、相手の癖を知っていた。

 良さも、悪さも。

 剣の癖も、それ以外の癖も。


 だけどそれは、もう三年前の物だ。

 この三年でウィンはどれだけ良さを伸ばしたのか。

 それとも、どれだけ悪さを修正したのか。

 互いに、木剣を構える。


 僕の構えは横構えで、ウィンは上段に木剣を構えた。

 横構えはヨソギ流が、というよりもカエハが得意とする、最も鋭い剣を振る構え。

 つまりは僕にとっても、最も得意な構えだ。

 相手を迎え撃つのにも向く。

 ウィンの上段は飛び込みからの振り下ろし、一足での間合いの広さと威力に長けた構え。


 相手の間合いを測るならば剣を中段に構えるが、僕らの体格は近い。

 それに手にした武器も同じサイズの訓練用の木剣で、互いの間合いがほぼ等しいと把握し合ってる。

 ちまちまとした探り合いは、不要だった。


 もしもウィンがこちらの構えを見て、僕の悪癖が治ってないと判断すれば楽な戦いになるのだけれど……。

 そんな肩透かしな展開には、ならないと彼を信じよう。



「始めッ!」

 審判役の高弟が声を発すると同時に、ウィンは飛び込んで間合いを潰しに掛かる。

 もちろんそれは構えを見た時から予測していた事だけれども、……しかし彼の動きは僕の想像よりも数段速い。

 三年という時間で、彼は長所を伸ばして来たか。

 この分なら剣速も大きく上がってるだろうし、待ち構えての万全の横薙ぎでも、僕が勝るかどうかは賭けになる。

 しかし後ろに逃げた所で、あっと言う間に追い付かれてしまうだろう。


 故に僕が取った行動は、咄嗟に横に飛んで逃げる事。

 そして横に飛びながら身体を独楽のようにクルリと回し、体勢を崩し掛けながらもウィンに木剣を叩き込む。

 ガッと音を立て、僕と彼の木剣がぶつかった。


 辛うじて、僕の一撃を防いだウィン。

 だけど僕の攻撃は、それで終わりな訳じゃない。

 僕はそのまま間断なく、木剣を繰り出しながら崩れた体勢を立て直す。

 ガツガツと、繰り出される木剣を受け止めるウィンの顔色が悪くなる。


 強引というよりも半ば無理矢理なのに、それでも鋭い斬撃の意味が分からずに気持ちが悪いのだろう。

 うん、僕もこれをカエハとの打ち合いで、最初にやられた時は凄く気持ち悪かったから。


 でも僕の崩れた体勢から繰り出す、立て直しながら放つ斬撃はまだ漸く及第点といった所で、彼が冷静に対処したなら防げぬレベルでは決してない。

 結局僕は攻め切れず、ウィンは何とか防ぎ切って、互いに後ろに飛んで仕切り直す。

 これで僕らはお互いに、相手の三年前との違いを思い知った。


 今の所は互角か、或いは僕が少し押してるけれど、ここからは先程までのようにはいかないだろう。

 でもこの試合が始まる前に、カエハは僕に一つだけ、アドバイスをくれてる。

『エイサー、もし貴方がウィンを大切に思うならば絶対に勝ちなさい。そしてあの子が目指すべき目標でいなさい。私が貴方に対して、そうしているように』

 ……と、そんな風に。


 それはこの試合に勝つ為の具体的な方策ではなかったけれども、僕の心に火を付ける言葉であった。

 びっくりするくらいに説得力もあったし。

 だから僕は負けられないし、絶対に負けない。

 ウィンがどれだけ僕に勝ちたがっていたとしてもだ。



 火が付いた心のままに、次は僕から間合いに飛び込んで木剣を振るう。

 ウィンはまともに打ち合わず、一度後ろに下がり、横に飛び、素早い動きでこちらを攪乱しながら回り込みを試みる。

 どうやら彼は、本当に速さ、足を重点的に鍛えて来たのだろう。

 その動きはやはり、以前とは比べ物にならないくらいに速かった。


 しかし、それでも逃がさない。

 僕は少しばかり身体を捻って、ウィンが回り込んだ先に木剣を走らせる。

 彼が動きの速さを鍛え上げて来たように、僕の対応範囲も大幅に広がってるから、完全に背面にでも回り込まれない限り、剣は届く。

 ならば相手の動きが幾ら早くとも、完全に背後にさえ回られなければ良いだけならば、付いて行く事は然程に難しくなかった。

 ……カエハは最小限の動作で背面にも剣を繰り出せるけれど、僕があの技を模倣するには、まだまだ時間が必要だ。


 攪乱に効果が薄い事を悟ったウィンは、左右に回り込む事を諦めた。

 だがそれは、勝利を諦めた訳では決してない。

 横の動きで乱せないなら、速度を威力に変える縦の動きで、僕を捻じ伏せる気になったのだろう。

 つまりは初撃と同じ、突撃からの一撃である。

 結局のところはこれが、確かに今の僕にとっては一番怖い。


 上段に構えたウィンに対し、僕は再び横構えを取る。

 これで決着になるだろう。

 初撃は逃げたが、僕にはもう、逃げる気はない。

 彼の動きは充分に目に焼き付けた。

 次の一撃は、きっとこれまで以上に速いだろうが、今の僕なら捉え切れる筈。


 弓の弦が引き絞られるかのように、ウィンの足に重さが、力が乗せられて行く。

 ……そういえば、結局ウィンには弓を教えなかったなぁと、ふとそう思った。

 放たれた矢のようにウィンは真っ直ぐに飛び込んできて木剣を振り下ろし、待ち構えた僕は木剣を横薙ぎに振るう。

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