第102話


 僕が不在の間にも、やっぱり清掃を欠かさず綺麗にしてくれていた鍛冶場で、炉に火を入れる。

 今回は、アズヴァルドから鍛冶を学んだウィンも一緒に。


 カエハの提案、三年後の僕との試合を、シズキとウィンも受け入れた。

 その結果がどうであれ、三年後にはウィンも三十二歳で、人間でいうなら十五か十六歳くらいにはなる。

 この世界の慣習的には、独り立ちをするべき年頃だろう。

 ……前世の記憶に従うなら、十八や二十、二十二といった区切りになるけれど、流石にそれを押し付ける気はないし。


 その時が明確になったからだろうか。

 ウィンも何だか、少しすっきりとした風に見える。


 多分なんだけれど、僕に足りなかったのは、親の自覚なんだと思う。

 僕は自分が、親になれるような人格じゃないと考えたから、保護者兼、一番近くに居る友として在りたいなんて寝言を言っていた。

 いや、それは紛れもない本心だったのだけれども、それでも僕は、ウィンにとっては親だったのだろう。


 子が親の背中を見て、憧れ、追い付きたい、追い越したい、認められたいなんて思うのは、きっと当たり前の事だ。

 だけど僕の態度は、親としては中途半端だった。

 幼い頃はそれでも良かったのかもしれないが、少年となったウィンは、少しずつ大人に近付いて行く彼は、中途半端に振る舞う僕に、向き合い方を見失う。


 あー……、違うか。

 僕も少しずつ難しくなっていくウィンに対して、向き合い方が分からなくなったし、お互い様かもしれない。

 実に情けない話だけれども。


 また僕とウィンは、互いに流れる時間も違う。

 それに加えて最近の僕は、少し派手に生き過ぎた。

 久しぶりに会ったカエハに、物語に出てくる英雄のようだと言われてしまうくらいには……。

 そう、物語に出てくる英雄とは、遠い存在って意味だ。

 ウィンにとって僕の背中は、ずっと遠くにあるのかもしれない。


 しかしそんな事で悩めるのは、僕らが恵まれているからだった。

 だってこの世界に生きる多くの人間は、生きる為に、生きて行く力を得る為に必死で、互いの向き合い方になんて悩んでる余裕や時間は、きっと限られてるだろう。

 なのにその悩みを解決……、は無理だとしても、僕らが互いの向き合い方に折り合いをつけて納得できるようにと、カエハやシズキが協力しようとしてくれているのだ。

 本当に、僕らは色んな意味で、恵まれている。



「ウィン、僕は前と同じように、練習用の剣の修繕とか、鍛冶師組合からの仕事を受ける心算だけど、どうする?」

 炉を見つめながら、僕は問う。

 ウィンが鍛冶仕事を望むなら、その分の仕事も引っ張って来る心算だった。

 彼が相応の実力を示しさえすれば、そのうちに上級鍛冶師として認められるようにも取り計らえる。

 でも剣の修練に専念したければ、それはそれで別にいい。

 どんな風に時間を使うにしても、ウィンの自由だ。


「鍛冶場は使いたい。でも鍛冶仕事は、……自分で仕事を探せるように、なりたい」

 彼は少し悩んでから、そう言った。

 成る程、確かに人間の国での仕事の受け方を知らなければ、鍛冶で糧を得る事は難しいだろう。

 だとすれば、やはり上級鍛冶師の免状は、手に入れた方が便利である。

 一つ所に留まるなら兎も角、旅をする場合なら、尚更に。


「じゃあ今度、鍛冶師組合に一緒に行こうか。仕事の受け方、教えるよ」

 定住して鍛冶屋を開くのでなければ、鍛冶師組合を通して仕事をするのが一番手っ取り早い。

 もちろん報酬から幾らかの手数料は取られるけれど、鍛冶場、燃料、素材の手配の手間を考えれば、必要経費と割り切れる。


「流れの鍛冶師で食べて行くなら、上級鍛冶師の免状はあった方が良いよ。もちろん相応の実力と実績は必要だけれど、アズヴァルドに鍛冶を教わったんだから、三年もあれば何とかなるさ」

 まぁアズヴァルドの弟子の全てが上級鍛冶師という訳ではないのだけれど、恐らくは大丈夫。

 アズヴァルドもウィンの才能と熱意を認めていたし、鍛冶を習い始めてからの時間も、……まだ十年には満たないが、三年を足せば十年を越える。

 僕だって十年で取れた免状だ。

 彼に取れない理由はない。


「うん、わかった。エイサー、その……、ありがとう」

 ウィンは少しきまり悪げに、僕に向かって礼の言葉を口にする。

 そんなの、気にする必要はないのに。

 彼が生きて行く為の力を手にする事に、僕が協力するのは当たり前だ。


 今も僕はウィンの保護者であって、敵対者ではないのだから。

 三年後に行うのも、試合である。

 競い合いはしよう。当然ながら全力で。

 だけど敵対ではない。


「さて、じゃあ先ずは修繕から取り掛かろうかな。またどれもこれも、随分と使い込んでるや。ウィンも手伝ってくれる?」

 僕が道場を離れてる間は、修繕は王都の鍛冶屋に任せてたらしいけれど、外に頼むとなればどうしても頻繁にとはいかなくなる。

 弟子の誰かに、或いはシズキの子に、鍛冶を教えるのも良いかもしれない。

 折角の鍛冶場も、使われない時間がとても長いし。

 些か勿体ないとは思っていたのだ。


 とはいえ、そうするにしても、三年後の試合が終わってからの話だろう。

 今はそれよりも、僕にはすべき事があるから。

 頷くウィンと、僕は並んで剣の修繕作業に入る。


 仕事中、お互いに無駄口は叩かずに作業に専念してたけれど、流れるその時間は、僕にとってはとても穏やかで、心安らぐ物だった。

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