第101話
カエハは僕の話を、時に相槌を打ちながら聞いてくれた。
なんだかんだで十年以上はこの道場を離れていたから、語る事は沢山ある。
鍛冶の師であるドワーフに協力してミスリルを鍛えて彼を次期王に内定させ、それからフォードル帝国に行って吸血鬼と戦う。
ついでに食屍鬼と化した皇帝にとどめを刺して、またドワーフの国に戻って今度はエルフとの交易を実現させた。
その他にもドワーフと素手で殴り合ったり、温泉を見付けたり、火山地帯で魔物と戦ったりしたから、本当に語る言葉は尽きない。
……いやぁ、多分こんな話は、普通の人なら到底信じてくれないだろう。
でもカエハは、僕の話を全く疑わない人間の一人である。
笑い、呆れ、時に怒り、僕の話を聞き続けてくれた。
茶が冷めてしまっても話は終わらず、僕は喉が渇くからとお代わりを幾度か頼んだ。
どれくらいの時間を喋り続けただろうか。
細かく話せばキリはないけれど、おおよその流れを話した僕に、
「エイサーは、少し目を離せばとんでもない事をしてますね。まるで物語に出て来る英雄のように。……いえ、目を離さなくても、昔からそうでしたか」
カエハはそんな風に言って、目を細めて笑う。
少し、かなぁ?
まぁ十年は、僕にとっては決して長過ぎる時間ではないけれど、人間であるカエハにとっては、十分に長い時間だろうに。
「気になる事は幾つもあります。ヨソギ流がやって来た東方にあるとされる湯ノ池が、こんな近くにもあった事とか、エイサーが剣で戦う術を学ぶと決めた事とか」
あぁ、やはり東方には温泉があったらしい。
後は剣に関しては、僕は改めて剣での戦い方を、剣士としてカエハに学びたいと思ってる。
たとえシズキがヨソギ流の当主となってたとしても、僕の師はカエハだから。
「でも今、エイサーが一番気にしてるのは、ウィンの事ですね。なので先ずはそこから、単刀直入に問いましょう。貴方は今、子に越えられたいと思っていますか?」
カエハは真っ直ぐに僕を見据えて、そう問うた。
実に難しい問い掛けだ。
だって答えは僕の中に沢山あって、一つに定まらないのだから。
成長を喜ぶ気持ちは、誇らしく思う気持ちは、確かにある。
それは決して嘘じゃない。
また成長を認めてしまえば、ウィンが巣立ってどこかに行ってしまうとの、恐れる気持ちもあった。
それを寂しく、辛いと感じる僕の弱さ。
そして凄く今更だけれど、ウィンの巣立ちが間近になって、彼の成長を見た上で、そう簡単に負けたくないと思う不可解な気持ちも、今の僕には何故かあるのだ。
つまり僕の心は、ぐちゃぐちゃである。
なのに僕が内心を吐露しながらも、答えを定められずに窮していると、カエハは嬉しそうに微笑んだ。
「奇遇ですね。私もシズキに家督は譲りましたが、あの子の成長を喜びつつも、剣士としては負けたくないと、まだ負けてないと思ってるんです」
お揃いですねと笑いながら、彼女は言った。
いや、お揃い、……なのだろうか?
僕の気持ちはもっと情けない物だと思うのだけれど、どうなのだろう。
「エイサー、子の独り立ちを寂しく思うのは、当たり前ですよ。シズキは道場を継いでここに居てくれますが、ミズハは冒険者として、貴方が譲ったあの家に行き、そこで伴侶を得て子を産みました」
それが寂しくも嬉しくて、だからお揃いなのだとカエハは言う。
もしかしたら慰める為に彼女はそう言ったのかもしれないけれど、僕の気持ちはその言葉に、少しだけ軽くなる。
僕だけがぐちゃぐちゃな内心を抱えてる訳じゃなく、相反する気持ちも折り合いをつけて同居できるのだと知って。
それからカエハは、何かを考えるように目を閉じて黙った。
僕はただ、じっと待つ。
十分くらいだろうか。
カエハはそうしていたけれど、不意にパチッと目を開き、
「では勝負を、しましょうか。私はシズキと、エイサーはウィンと、子の成長を認めた上で、それでも簡単には私達を越えられないと見せ付ける為の戦いを」
そんな事を言い出した。
一体、どういう流れだろう。
僕とウィンが、というのはまだ分かるのだけれど、カエハとシズキも勝負?
少し戸惑う僕に、カエハは立ち上がり、
「三年間、私がエイサーを鍛え、シズキにはウィンを鍛えさせます。その上で、貴方達が試合で決着を付けなさい」
傍らに置いていた剣を手に取る。
そう、以前に僕が鍛え直した、あの剣を。
「ウィンが独り立ちをするにしても、もう少しばかり剣の腕を鍛えた方が、貴方も安心できるでしょう?」
カエハの言葉に、僕は頷く。
確かに、……僕の主観の話だけれど、ウィンは少し急いてる風にも見えるから。
三年であってもヨソギ流の当主となったシズキがウィンを鍛えてくれるなら、それは本当にありがたい事だ。
もちろんカエハに直接鍛えられる僕にだって、安易な敗北は許されない。
時間を掛けて全力を尽くした上でなら、結果はどうあれ僕は納得できるだろう。
カエハにシズキ、ウィンがどんな風に感じるかは、当然ながら彼ら次第だけれども。
だけども悪い結末には、多分ならないと思ってる。
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