十一章 別れ

第100話

 山脈地帯を南に越えてルードリア王国に入り、そこから更に歩いて旅して首都、ウォーフィールへと辿り着く。

 この国の首都は相変わらず大きくて、とても賑やかだ。

 だけど何も変化がなかった訳では、……当たり前だけどないらしい。


 通り過ぎた商店の一つ、以前はよく利用してた肉屋は、主人の顔が変わってた。

 前の主人に顔が似てなくはないが、子にしては若いから、孫が商店を継いだのか。

 ウィンもそれに気付いたらしく、あぁ、あの肉屋の主人は彼に色々と構ってくれていたから、寂しそうな顔をしてる。

 ドワーフの国にいると、ウィンと周囲の時間の流れに差はなかったけれど、人間の国だとそうもいかなかった。

 そこから目を逸らすには、それこそずっと旅をし続けるくらいしか方法はない。


 道場までの道を歩き、階段を上る。

 そして長い階段の半ばまで来た所で、ふとそれに気付いた。

 上がり切った階段の先、門の前で二人の……、いや、四人の人間が僕らを待っている事に。


「うわ、ホントにウィンとエイサーさんだよ。……母さんの勘は凄いな」

 そんな風に言葉を溢したのは、二十代の後半から三十くらいに見える一人の男。

 あぁ、漂わせる雰囲気には隙がないが、同時に彼が浮かべた笑みからはこちらへの好意が見て取れる。

 間違いなくシズキだろう。


 彼の腕は左右に一人ずつ、二人の子供を抱えてた。

 一人は四、五歳の女の子で、もう一人は二、三歳の男の子。

 シズキの子供で、カエハの孫か。

 あまり状況が分かっておらず不思議そうな顔でこちらを見る二人の子供は、実に可愛らしい。


 それからその隣にはカエハの姿が。

 僕たちが階段を上り切ると、

「お帰りなさい、エイサー、ウィン。そろそろ帰ってくる頃だと思ってました。ウィンはまた大きくなりましたね」

 彼女は柔らかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。

 成長を指摘されたウィンは少し照れ臭そうだ。


「ただいま。それにしても、良く僕らが帰って来るってわかったね」

 僕は出迎えが嬉しくて、同時にそれが少し不思議で、首を傾げて問い掛ける。

 ドワーフの国から、手紙は時折送っていたけれど、戻って来る日時を報せてた訳じゃないのに。


「それが母さんがさ、急にそろそろ二人が帰ってくるからって言いだしたから、半信半疑だったけど一応は門の前に出てみたんだよ」

 すると僕の問いに答えたのは、彼自身も驚いてる様子のシズキだった。

 成る程、僕らが帰った事に気付いたのは、カエハだったらしい。

 僕が彼女に視線を向けると、カエハはやっぱり笑みながら、

「えぇ、何時もとは違う風が吹きましたから。きっと教えてくれたのでしょう」

 なんて言葉を口にする。

 カエハに精霊の声は聞こえない筈だけれど、でもその答えは、何だかとても腑に落ちた。



 門の中に入ってみれば、訓練する弟子の数は以前よりもずっと多い。

 数だけで言えば、以前に僕がロードラン大剣術の道場に訪れた時に見た人数に近い。

 つまりヨソギ流は完全に、このルードリア王国で四大流派の一つに返り咲いたという事だ。

 この場に居るのが全てって訳ではないだろうから、総数は百を軽く越える筈。


 そしてそんな弟子達から師匠と呼ばれてるのは、カエハじゃなくてシズキだった。

 どうやらカエハは当主の座を、既にシズキに譲ったらしい。

 それも多分、皆が至極当たり前にシズキを当主として振る舞う事から察するに、数年は前に。

 ならばこの弟子の数の多さは、シズキの手腕、実力によるところが大きいのだろう。


 弟子達の中には僕の知る顔、ずっと以前からヨソギ流を学ぶ古参達もチラホラいて、彼らは指導者側に回ってる。

 やっぱり時の流れは、何もかもを変えて行く。

 まぁそんな事は、どうしようもない、当然の話なのだけれども。


「シズキ兄、久しぶりにボクと手合わせしてよ。それから、子供達も紹介して」

 ウィンは道場を指差して、シズキに手合わせを乞う。

 久しぶりの道場に、少しはしゃいでいるのだろうか。

 まだ土産も渡してないのにしょうがないなぁと思……、あぁ、いや、違うのか。


 どうやら僕は、ウィンに気遣われているらしい。

 シズキもにやりと笑って頷いて、子供達を抱えたまま道場の中に入ってく。

 興味を惹かれたらしい他の弟子達を引き連れて。



「……ウィンは、本当に大きくなりましたね。あんなに小さかったのに。ではエイサー、お茶を入れますからあちらでドワーフの国の話を、聞かせてください」

 残された僕は、カエハの言葉に頷く。

 本当に、ウィンは大きくなった。

 大きくなってしまったなんて言い方をすると、彼に失礼だけれども、そんな気持ちもほんの少しだけある。

 だけどそれ以上に、誇らしくも思う。


 ウィン自身がどんな風に考えてるかは知らないけれど、彼はもう、その気になれば何時でも独り立ちが可能な筈だ。

 山脈地帯の旅を見て、僕はハッキリとそう感じたから。

 剣を得意とし、鍛冶だってアズヴァルドが充分だと認めた腕だった。

 残念ながら魔術の素質はなかったけれど、ウィンには精霊が味方してる。


 そりゃあもちろん、どれも僕の方がずっと早くに始めたから、まだ彼に負ける気はしないけれども、何時までもそのままとは限らない。

 特に剣は、今でも十回手合わせすれば、三か四はウィンに取られてしまうし。


 精霊との関係ばかりは、そりゃあ僕は負けないだろうけれど、それは単なる種族差だ。

 そこを気にする事に意味はない。


 何よりも、彼は一杯悩んで、迷って、僕の知らない所でも成長していく。

 さっきみたいに、僕をサッと気遣えてしまうくらいに。

 あんなの、何時の間に覚えたんだろうか。

 それが嬉しくて寂しくて、僕はとても複雑だ。


 その時の僕は、自分ではあまり分からないのだけれど、もしかしたら情けない顔をしていたのかもしれない。

 ふと足を止めたカエハは軽く溜息を一つ吐いて、僕の腕の袖を摘まんで引っ張り、彼女は改めて歩き出す。

 カエハは時に強引で、だけど手を引くんじゃなくて袖を引っ張る辺りが、妙に控え目で。

 そんな所は、彼女は昔のままだった。

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