第99話


 エルフ達がドワーフの国を去ってから三年程が経つ。

 僕がフォードル帝国より戻ってからなら五年弱。

 最初にドワーフの国にやって来た時から数えると、……もう十一年に少し足りない程度だ。


 エルフとドワーフの交易は、小規模だが形になった。

 魔物の素材を使った武器や道具は、ガラーヴェと言う名の、以前ルードリア王国で暮らしていた名工が中心となって担当してくれてる。

 僕はドワーフの国に来る前から彼の名前を知っていて、またガラーヴェも僕の存在を知っていたそうだ。

 そう、彼は以前にルードリア王国の品評会で何度か敗北させられた、あの名工。

 ガラーヴェは今回の話に自分から名乗りを上げてくれて、他のドワーフ達にも積極的に声を掛けて集めてくれた。


 またラジュードル、僕の悪友であるカウシュマンの師であった彼も、今回の話に興味を示している。

 エルフならばドワーフよりも魔力を動かして魔道具を扱える、つまり魔術の才のある人材が多いんじゃないかと思ったそうだ。

 尤もエルフが魔道具を必要とするかどうかはまだちょっと分からないけれど、僕も想定しなかった変化の兆しは実に興味深い。

 芽が出れば良いなと、本当にそう思う。


 そしてルードリア王国のミの森へ、実際に交易に行ってくれているのは、以前はフォードル帝国の交易を担当していたドワーフ達。

 僕とフォードル帝国で行動を共にした、彼らである。

 彼らはフォードル帝国との交易が減って暇をしてたからなんて風に言うけれど、険しい山道で荷を運び、ドワーフと外を繋ぐ糸である彼らが本当に暇である筈がない。

 だけど彼らは僕がエルフとドワーフの交易を実現させようとしてる事を知ると、当たり前のように運び手を買って出てくれたから。


 そうして始まった交易で、ミの森から運ばれてきた酒は、なんと果実酒ばかりではなかった。

 蜂蜜を水で薄め、酒精を宿らせて酒化させた物、そう、蜂蜜酒も、ミの森では生産して輸出してくれたのだ。

 僕も少し飲んだけれど、果実酒、蜂蜜酒のどちらもが丁寧な仕事で作られていて、驚く程に美味しい。

 酒に五月蠅い、或いは酒精の強さを愛するドワーフ達も、これを蒸留するのは惜しいと言って、そのままで愛飲してる。


 ……アズヴァルドが次の王に決まり、エルフとドワーフの交易も形になった。

 もう僕がこのドワーフの国ですべき事は、全て片付いたと言えるだろう。

 温泉も定期的に、十分に堪能したし。


 ウィンの鍛冶修行もひと段落し、後はひたすらに数をこなし、実際に客を相手にして、腕を磨く段階に辿り着いたそうだ。

 だから彼も納得してくれた。

 僕とドワーフの国を発ち、ルードリア王国に戻る事を。


 ドワーフの国で過ごす事に不満は欠片もない。

 僕は、それから多分ウィンも、このドワーフの国で本当に楽しい時間を過ごした。

 けれども僕には約束がある。

 最後の時は彼女を看取ると、カエハと交わした約束が。


 もちろんそれには、まだ少しの時間はあるだろう。

 数年って事はないだろうから、十年以上は。

 でも逆に言えば、たったそれだけしか時間はない。

 二十年は運良くあり得ても、三十年は厳しい筈だ。


 故に僕はあの場所へ行き、十年か二十年ばかりの時間を、そこで過ごす。

 そう、カエハの隣で。


 ひょっとしたらウィンは、ドワーフの国に残りたがるかもと思ったけれど、どうやら彼には彼の考えがあるらしい。

 ウィンだってもうすぐ本当に一人前で、そうなると僕も、もう彼の行動を縛れなかった。

 全く、カエハもウィンも、彼らの時間は急ぎ過ぎだと、……今の僕は思ってしまう。

 深い森を出る前は、ハイエルフの長過ぎる時間に、急いて焦れたのは僕の方なのに。



 旅立ちの朝、アズヴァルドは僕とウィンに、腕輪をくれた。

 一見すると銀のようで、でも輝き方と硬度がまるで違うその腕輪は、間違いなくミスリルだ。

 その加工を僕は手伝った覚えがなくて、そもそもドワーフの門外不出である筈のミスリルを渡された事に、驚きを隠せないでいると、

「心配せんでも、正規の手続きを得て、王の炉を借りて作ったからの。後ろ暗いもんじゃない。それを見れば、遠く離れた地のドワーフであっても、お前さん達が儂らの友、同胞だとわかるじゃろ」

 ふん、と鼻を鳴らしてアズヴァルドは、ちょっとだけ得意気にそう言う。


 あぁ……、そんなの、何も言えないじゃないか。

 僕が言葉に詰まっていると、

「そんな、ボクは、エイサーみたいに、何かした訳じゃないから……、受け取れな……、師匠、受け取れないです」

 ウィンが声を震わせて、そんな言葉を口にした。

 しかしアズヴァルドは、クソドワーフ師匠はそう言ったウィンの胸を、ドンと拳で突く。

 あ、ちょっと羨ましい。


「阿呆め。お前さんも立派に、儂の弟子だろうに。立派にこの国の民で、儂らの同胞だろうに。……そこのクソエルフと比べる事に、何の意味もなかろうよ」

 痛みか、或いは別の何かに、耐えるように顔をくしゃくしゃにしたウィンに、クソドワーフ師匠が言う。

 というか、何で今の流れで僕がクソエルフ扱いされたんだ。


「そりゃあな、ソレが養い親だと、自分と比べてしまうのはわかる。まぁ本人の前でこれ以上は言わんが、お前さんの苦しみは分かる。でもな、そのクソエルフとは関係なく、儂はお前さんを認めとるよ。これはその証だと思え」

 僕にはアズヴァルドが、一体何を言ってるのか分からないけれど、だけど今は、口を挟んじゃいけない事だけはわかる。

 クソドワーフ師匠は今、僕にできない何かを、分からず、伝えられない何かを、ウィンに伝えてくれてるから。

 ……少し複雑で、悔しいけれども、言葉を発さず、ただ見守った。


「良いか、ウィンよ。お前さんはな。そこの、お前さんの養い親の、オマケじゃない。儂らはそれを知っとるからの。また何時でも遊びに来い。でも腕は鈍らせるなよ。分かったな?」

 噛んで含めるように一言一言を発するアズヴァルドに、ウィンは言葉もなく頷く。

 それにアズヴァルドは可笑しそうに笑った。

 うん、まぁ、二人が納得してるなら、それでいいか。

 アズヴァルドの言葉はウィンに向けた物であると同時に、多分僕に、足りない物を教えてくれてもいるのだろう。


 ゆっくりと、考えよう。

 僕がウィンの気持ちを理解できていない自覚は、ちゃんとあるから。

 もちろん僕は、ウィンを自分のオマケだなんて思った事はないけれど、大切なのは彼自身がどんな風に感じ、考えているのかだ。


「エイサーも、今回は世話になったの。次に会う時は、儂は王になって玉座を尻で磨いとるじゃろう。どうせ似合わんだろうから思いっ切り笑いに来るといい。じゃあ、またの」

 その言葉に見送られ、僕らはドワーフの国を後にする。

 来た時は僕の背負子に乗ってたウィンも、今は自分の足で。


 そして山から見下ろす景色は、今日もとても雄大だった。



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