第97話
ドワーフの国にやって来たエルフ達は、……思ってたよりもずっとスムーズに周囲に馴染んだ。
あまりにスムーズ過ぎて、少し悔しいくらいに。
まず誰よりも先にドワーフ達と打ち解けたのは、吟遊詩人のヒューレシオ。
彼は自由行動を許されてすぐに酒場に突撃し、ドワーフの好みそうな勇壮な歌を奏でて宴を盛り上げ、あっと言う間に酔っ払い達の心を掴む。
更にドワーフに伝わる逸話、伝説を調べ上げると、それを歌にして披露する。
そんなのもう、人気者にならない筈がないだろう。
次に画家のレビースは、基本的にはドワーフの国のスケッチに夢中だが、しかし手の空いたタイミングで乞えば気軽に似顔絵を描いてくれたりするので、好奇心旺盛な子供達と親しくなった。
子供の心を掴めば大人の、……より具体的には祖父祖母の、或いはそれよりも上の世代の好意も付いてくる。
ドワーフの寿命は人間に比べて長いから、曾孫の居る老人世代も、決して少なくはないのだ。
孫、曾孫と並んでの似顔絵を、大喜びで自作の額に入れて飾るドワーフは、レビースに何度も礼を述べていた。
また二人のような一芸がある訳じゃない冒険者のエルフ達も、街中で雑用を引き受けたり、狩りに出る戦士団に同行したりと、自分達なりにドワーフ達と接してる。
そんな風に好意的に振る舞うエルフ達を悪く言うドワーフは、皆無ではないのかもしれないけれど、僕の目に届く範囲には一人も居なかった。
世間一般で知られる忌み嫌い合うエルフとドワーフの姿は、今、この場所には存在しない。
僕はそれを、本当に嬉しく思う。
そしてそんなエルフ達のリーダーであるアイレナは、
「エイサー様、交易に関してですが、大恩あるエイサー様が望まれるなら酒の生産やドワーフとの交易にも応じると、ミの森の長老が名乗りを上げてくれました」
僕に予想外の良い報せを、伝えてくれた。
まさか今の段階で、ドワーフとの交易に前向きになってくれる森があるなんて、思いもしない幸いだ。
だけど一つ気になる事は、ミの森と言えば、ルードリア王国の中でも比較的東部に位置する大きな森で、奴隷から解放されたエルフが多く住む、……もっと言えば、ウィンが生まれた場所である。
その森の長老が、僕に一体どんな恩を感じてるのか。
奴隷にされていたエルフを助け出したのは、主に動いたのはアイレナや冒険者のエルフ達で、僕は少しばかり助力をしただけ。
ウィンを引き取った事なら、僕がそうしたかっただけだ。
ないとは思うけれども、今更返せと言われたって返す気は欠片もない。
彼がそう遠くない時期に、独り立ちしてしまうとしても。
でも僕の僅かな不安と考えを、アイレナはすぐに察したのだろう。
「ミの長老に他意はありませんよ。あの時、エイサー様がいなければ、エルフと人間は本格的に争って、同胞にも多くの犠牲が出たでしょう。その事態を避けられた事に、恩を感じてるエルフは、決して少なくないんです」
苦笑いを浮かべながら、そう言って首を横に振る。
ミの森は、解放されたエルフが多く合流したから、その事を殊更に実感してるだけなのだと。
そんな風に言われてしまえば、納得するより他にない。
時には自分の行動が、思った以上に他人には大袈裟な受け止められ方をする事があるのは、既に経験して知っていた。
それは思い返すと少しだけ苦いけれど、僕にとって大事な経験だ。
「そう、じゃあミの森のエルフ達には、この話を受けて良かったと思って貰えるように、しないとね」
僕の言葉に、頷くアイレナ。
森に住むエルフ達が欲するのは、金属製品じゃなくて、魔物の爪牙や骨を加工した武器や道具だ。
取引の見本となる品を用意して、アイレナ達に届けて貰おう。
尤も継続的に取引をすると考えると、一部なら兎も角、全てをアズヴァルドに作って貰う訳にもいかないし、僕が作っても意味がない。
エルフの森に輸出する事を承知の上で、精一杯に製作してくれる腕の良い職人を探す必要がある。
ドワーフは金属加工に誇りを抱いてるから魔物の素材ばかりを加工するというのは、少し嫌がられる可能性が高かった。
だから職人は専属じゃなくて、複数が持ち回りで仕事をこなしてくれる形が望ましい。
「でも目標に向かって、少しずつでも近づいて行くというのは、本当に楽しいですね」
僕に向かってアイレナが笑みを浮かべてそう言うから、大きく頷く。
あぁ、実際、凄く楽しい。
エルフとドワーフが交流を持つなんて、遠い目標だと思っていたけれど、皆が協力してくれて、目指す形が見えてきてた。
それに向かって一歩ずつ近づいてる実感もある。
職人が決まれば魔物の素材を渡して加工を頼んで、それからエルフ達は温泉に案内だ。
暫くの間を温泉でゆっくり過ごして戻ってくれば、ある程度は品も完成してる筈。
そしたら見本となる品を森に運んで貰って、交易の詳細な条件を詰めて行く。
ドワーフの国とエルフの森は、物理的な距離だけじゃなくて、今はまだ心の距離こそが遠い場所。
だけど同じ目標に向かって歩く同志が居るなら、踏破も何時かは叶うだろう。
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