第96話
それから二ヵ月程が経ったある日、エルフの一行が案内人に連れられて、本当にドワーフの国にやって来た。
いやまぁ本当にも何も、入国許可や案内人の手配をしたのは僕とアズヴァルドなのだけれど、実際にドワーフの国でエルフの姿を目の当たりにすると、分かっていても思わず自分の目を疑ってしまう。
なのに周囲のドワーフ達は特に騒ぐ事もなく、エルフの姿なんて見慣れてるとでも言わんばかりに平然としてて、なんだかちょっと釈然としない。
あぁ、でも、そうか。
実際に見慣れているのか。
僕と、それからウィンの姿に。
ハイエルフ、ハーフエルフなんて関係なく、ドワーフにとっては全部エルフの類であるから、もうこの国のドワーフ達にとって、エルフの姿は随分と見慣れた物になっているのだろう。
そう考えるとちょっと緊張気味な様子のエルフ達を、少しばかり可哀想に感じる。
彼らにとってここは敵地、とまでは言わないけれど、何があってもおかしくない場所って印象だろうから。
だけどそんなエルフの中でも一人だけ平然としてるのがアイレナで、彼女は先頭に立ってこちらに歩み寄り、
「アズヴァルドさん、エイサー様、お久しぶりです。それからドワーフの皆さん、これから少しの間ですがお世話になります。どうぞ宜しくお願いしますね」
アズヴァルトと僕、それから出迎えのドワーフ達に対して丁寧に、そして優雅に一礼をする。
それは実に堂に入った振る舞いで、彼女がこういった場に慣れている事を、僕に教えてくれた。
あぁ、そりゃあそうだろう。
だってアイレナは、エルフの代表としてたった一人で幾度となく国を相手に交渉してきた女傑である。
身の危険だって、これまで幾度となくあった筈。
それを思えばドワーフが相手であっても、争う気のない相手と友好的に接するくらい、彼女だったら難しくはない。
「あぁ、ざっと三十年程ぶりじゃな。以前に売ったククリナイフは、まだ使ってくれとるか? 後で整備するから見せるといい。あぁ、こんな場所で長話もなんじゃからな。儂の家に案内するぞ。エイサーとも、積もる話があろう」
そしてアズヴァルドも敢えて親しげに振る舞い、アイレナと握手を交わす。
そうする事で緊張気味なエルフ達を、少しでも安心させようとしたのだろう。
アイレナに同行したエルフは、男が三人に女が二人。
幾人かは、以前に王都で暮らしてる時に見た事がある顔だ。
装備の相談に乗って、少し話した程度の間柄でも、顔見知りとの再会は少し嬉しい。
懐かしさに僕が笑みを浮かべて手を振れば、向こうも軽く、手を振ってくれた。
ドワーフの国は地をくり抜き、石を積み上げて拵えた、巨大な地下空間だ。
だけど穴に潜って暮らすなんて言葉は似つかわしくない程に、洗練されて文化的な国と言えるだろう。
取水、排水を行う上下水道は完備されてるし、風通しがしっかりと考えられてるから、地下でも息苦しくないどころか柔らかく風を感じさえした。
太陽の光は奥まで届かないが、それを補うように光を発する苔が多く育てられ、石造りの建物が光に浮かび上がって、いっそ幻想的ですらある。
僕も最初に目にした時は感動したが、今回訪れたエルフ達も同様で、皆の顔には驚きの表情が浮かぶ。
誰よりも堂々としていたアイレナですら、呆けた様に口を開いてた。
エルフがドワーフに抱く偏見の一つに、野蛮な種族だとの思い込みがあるけれど、実際にドワーフの国を見ればそれが間違いだと言う事は誰にだってわかるだろう。
実際、色眼鏡を外して考えてみれば当たり前の話なのだが、ドワーフが本当に野蛮な種族なら、優れた職人になれる筈がない。
彼らは確かに直情的だが、しかし思慮が浅い訳ではなく、じっくり物事に取り組む根気と、優れた美的センスを持っている。
故にこそ、このドワーフの国は実用的でありながらも、美しいのだ。
まぁ山脈地帯のど真ん中なんて僻地だから、利便性は全く高くないけれども。
アズヴァルドの家、というか屋敷に案内されたエルフ達と改めて自己紹介を交わす。
アイレナを除く五人のエルフのうち、男二人と女一人は冒険者で、彼らの事は僕も知ってる。
けれども残る二人は、少し予想外の生き方をしてるエルフだった。
まずは男の方からだが、ヒューレシオという名のそのエルフは、ルードリア王国だけでなく近隣諸国を巡る吟遊詩人なんだとか。
ヴィレストリカ共和国や小国家群にも幾度となく訪れているそうで、彼とは何だかとても話が合いそうな気がする。
それからもう一人、女のエルフの名前はレビース。
彼女はなんと、かなり名の売れた画家らしい。
王宮や貴族に招かれて、人物画を頼まれる事が多いけれども、本当に得意とするのは風景画だそうだ。
レビースは一刻も早くドワーフの国を絵にしたくて堪らないといった風で、自己紹介の間もずっとうずうずとした様子を隠せていない。
アイレナもまた随分と変わったエルフを連れて来たものだ。
というかエルフにそんな面白い人材がいるなんて、僕は考えた事もなかった。
彼らがどんな風にドワーフの国を解釈、理解して、どうやって外に広めるのか。
何だか楽しみになってくる。
レビースはすぐにでもドワーフの国のスケッチに行きたいらしいが、まずはアズヴァルドの屋敷で旅の疲れを癒して、それからドワーフの現王への謁見が待つ。
ドワーフの現王とは僕も国民権を貰った時と、それから幾度か会ってるけれども、割と気の良いお爺ちゃんだ。
少なくとも表面的には。
だから特に心配はしていない。
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