第94話
さて、エルフ達をドワーフの国に迎えると決まり、その準備に二ヵ月程は忙しく過ぎた。
だが手紙のやり取りで日程や詳細を決めてる都合上、返事待ち、ぱったりとやる事がなくなる瞬間というのはどうしても発生する。
まぁ要するに今がそうだ。
気持ちは急くのに、返事が届かなければ動けない。
そんな時間と気持ちを持て余した僕の心にフッと過った衝動は、……風呂に、いや、違う、足を伸ばせる大きさの温泉に入ってゆったりしたいという物だった。
「なんじゃ? 風呂なら家にあるだろうに」
アズヴァルド、クソドワーフ師匠はそんな無理解な事を言うけれど、違うのだ。
ドワーフは意外に綺麗好きで、風呂にも頻繁に入るけれども、この国にある風呂は余剰の熱や燃料を利用したサウナであって、湯船がある風呂じゃない。
僕の心が今、求めてる物とは全く異なる。
……サウナはサウナで心地良い事は、もちろん僕も認めるけれども。
不可解そうに首を傾げるアズヴァルドに、僕は北の火山地帯付近で、地から湯が噴出した場所がないかを問う。
やはり温泉といえば、火山地帯に湧く物だと思うのだ。
「あぁ、そういえば、戦士団の長が言っておったの。火山地帯には湯の湧く場所があって、魔物が飲みに来たり水浴びに来ると……。いや、お前さんまさか、魔物に混じって湯に入る気か?」
そう言ってアズヴァルドは、まるで僕の正気を疑うような目で、こちらを見る。
いやいや、いや、流石にそこまで無謀な事はしないのだけれど、一体彼は僕を何だと思っているのか。
単に湯が湧く事さえ分かれば、後は地と水の精霊に尋ねながら、新たに源泉を掘るだけである。
源泉間近は熱いかもしれないから、そこから湯を引いて場を整え、魔物が入り難いように岩で囲って護れば、ドワーフの戦士団の休憩場所としても使えるだろう。
あぁいっそ、ドワーフの国にやって来るエルフ達も、温泉に案内してやるのも良い。
あの地と火の力が強くて若々しい火山地帯は、精霊に近いエルフだからこそ、一度は見て、体験しておくべきだと僕は思うから。
うん、温泉掘りには、ウィンも連れて行こう。
今の彼なら山地の移動もそんなに苦にはしないだろうし、何より一緒だと僕が嬉しい。
だけどそんな時、アズヴァルドが僕にとって思いもしなかった一言を放つ。
「成る程、ならば儂も行こうかの」
……なんて風に。
いや、一体何を言い出すのか。
仮にも次の国王を、北の火山地帯なんて危ない場所に連れて行ける訳がないだろうに。
「いや、お前さんがあの子を連れて行くのは、安全を確保できるって確信があるからだろうに。それに後でエルフも連れて行くんじゃろ? だったら儂だって、行ってみたいわ」
だけど彼は、そんな風に言って笑う。
えぇ……、いや確かにそうなんだけれども。
ちょっとこれは、単なる思い付きだった筈の温泉探しは、思った以上の大事に、なりそうな気がする。
そして一週間後、もちろん大事になった。
まずアズヴァルドが動くならばと、護衛としてドワーフの戦士団の同行が決まる。
将来的に戦士団の休憩場所として使うなら、実際に使う彼らが場所選びに参加した方が良いだろうと、護衛以外の理由も添えて。
するとより安全が確保されそうだからと、アズヴァルドの家族も一緒に行く事になって、次に場所を整えるなら人手があった方が良いと建築士や大工の同行も決まって、特に関係ないのに鉱夫のグランダーまで一緒に行くとか言い出す。
その他にも、同行希望者は多かった。
とてもじゃないが全員は連れて行けないくらいに。
本当に一体何故、こんな大事になったのか。
然して脅威でない魔物は大勢で行動すれば寄ってこないが、逆に大型の魔物の注意を惹く可能性だってあるのだけれども。
「これまでの行動の結果じゃよ。お前さんの培った人徳と言っても良い」
増えた同行者に、準備に四苦八苦する僕に向かって、アズヴァルドはそんな事を言う。
嬉しそうに、でもどこか悪戯っぽく、ニヤニヤと笑いながら。
「お前さんの強さも、お前さんが儂らを仲間だと思って共に戦ってくれる事も、また儂らでは思い付かん面白い何かをして見せてくれるとも、もう皆がそれを知っとるからの。安心して一緒に行きたがるんじゃ」
……なんて、割と良い風に言ってるけれど、最初に事態を大きくする切っ掛けを作ったのがアズヴァルド、いや、このクソドワーフである事を、僕は決して忘れてないし誤魔化されもしない。
でも、うん、それならまぁ、許すとしよう。
同行者の数はある程度選んでも総勢で五十名近い。
思った以上に集まってしまったから、折角だからしっかりと使える休憩所にしよう。
可能な限り火山地帯に入り込まず、外れた場所で源泉を掘れるポイントを探して、ドワーフ達が利用をし易いように。
あぁ、アズヴァルドの奥さんや娘を始めとして、女性も数名同行するから、男湯と女湯も分けなきゃならないのか……。
ここで整備が大変だから混浴で、なんて言える程に、僕の肝は太くないから。
全く以て予想外の、大仕事になりそうだけれど、僕は何故か不思議と、それをとても楽しく思う。
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